はじめに
近年の消化器がん治療において、内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD:Endoscopic Submucosal Dissection)は革新的な治療法として注目を集めています。この治療法は従来の外科手術と比べて患者さんへの負担が少なく、臓器の機能を温存できる画期的な方法です。この記事では、看護師として知っておくべきESDの基礎知識から実践的なケアのポイントまで、詳しく解説していきます。特に新人看護師やこれから臨床実習を控えている看護学生の皆さんにも理解しやすいよう、具体的な例を交えながら説明していきたいと思います。
ESDの基本的理解:その特徴と重要性
内視鏡的粘膜下層剥離術(ESD)は、内視鏡を用いて消化管(食道、胃、大腸など)の早期がんを切除する治療法です。2006年に胃がんの治療として保険適用となり、その後、食道や大腸にも適用が拡大されました。この治療法の特徴は、がんが粘膜や粘膜下層の浅い部分にとどまっている早期の段階で、病変部分のみを一括で切除できることにあります。
従来の内視鏡的粘膜切除術(EMR)では、大きさが2cm程度までの病変しか一括切除できませんでしたが、ESDではより大きな病変でも一括切除が可能です。これにより、病変の完全切除率が向上し、より正確な病理診断が可能となりました。また、従来の開腹手術と比べて、患者さんの身体への負担が大幅に軽減され、入院期間も短縮できるというメリットがあります。
臓器別のESD適応と特徴
食道ESDの特徴と看護のポイント
食道のESDは、特に慎重な対応が必要な治療です。食道は壁が薄く、粘膜下層には豊富なリンパ管が存在するため、がんの深達度やリンパ節転移の可能性を慎重に評価する必要があります。絶対的な適応となるのは、がんが粘膜固有層までにとどまっているケースです。粘膜筋板まで達している場合や、粘膜下層への極めて浅い浸潤(200μmまで)の場合は、相対的適応として慎重に検討されます。
食道ESDで特に注意が必要なのは、術後の狭窄です。特に切除範囲が食道周囲の4分の3以上に及ぶ場合、術後に狭窄を起こすリスクが高まります。このような場合、術後のステロイド投与や内視鏡的拡張術などの予防措置が必要となることがあります。看護師は、術後の食事摂取状況や嚥下困難感の有無を注意深く観察する必要があります。
胃ESDにおける重要ポイント
胃のESDは、比較的安全に実施できる治療として確立されています。適応となるのは、主に以下のような条件を満たす早期胃がんです:
- 粘膜内にとどまる分化型腺がんで、腫瘍径が2cm以下、かつ潰瘍所見のないもの
- 粘膜内にとどまる分化型腺がんで、腫瘍径が3cm以下、かつ潰瘍所見のないもの
- 一部の粘膜下層浅層浸潤がんで、腫瘍径が3cm以下のもの
胃は食道や大腸と比べて壁が厚く、スペースも広いため、技術的には比較的実施しやすい臓器とされています。しかし、出血のリスクは常に存在し、特に術後出血には注意が必要です。看護師は、術後の吐血や黒色便の有無、貧血症状の出現などを注意深く観察する必要があります。
大腸ESDにおける特殊性と看護の重要ポイント
大腸のESDは、技術的に最も難しいとされている治療です。その理由として、大腸壁が非常に薄いこと、腸管の動きが激しいこと、そして腸管の走行が複雑であることが挙げられます。大腸ESDの適応となるのは、主に2cm以上の腫瘍で、内視鏡所見や画像診断から粘膜下層への深い浸潤が否定的なものです。しかし、治療前の診断と実際の病理診断が異なることもあり、術後に追加の外科手術が必要となるケースもあります。
大腸ESDでは、適切な前処置が治療の成否を大きく左右します。看護師は腸管洗浄が十分に行われているか確認する必要があります。具体的には、排出される腸管洗浄液が透明になるまで確認することが重要です。不十分な前処置は、視野の確保を困難にし、治療時間の延長や合併症のリスク増加につながります。
術前看護の実際:安全な治療のための準備
入院時のアセスメントと説明
患者さんが入院してきたら、まず詳細な問診と観察を行います。特に以下の点について、丁寧に確認する必要があります:
既往歴や現在治療中の疾患について確認します。特に心疾患や糖尿病などの基礎疾患がある場合は、主治医と連携して適切な管理を行う必要があります。また、服用中の薬剤、特に抗血栓薬の使用状況を確認することは非常に重要です。抗血栓薬を使用している場合は、休薬のタイミングや代替療法の必要性について、医師の指示を確認します。
アレルギー歴についても詳しく確認します。ヨード系造影剤や薬剤へのアレルギーがある場合は、治療に使用する薬剤の選択に影響する可能性があります。また、過去の内視鏡検査での体験や、鎮静剤への反応なども重要な情報となります。
具体的な術前準備の進め方
術前の準備は、治療部位によって若干異なりますが、基本的な流れは以下の通りです。まず、治療前日からの食事制限を開始します。一般的に、治療前日の朝から低残渣食に変更し、夕食は軽めの食事とします。21時以降は絶食とし、水分摂取は治療6時間前までとします。
大腸ESDの場合は、さらに詳細な腸管洗浄のスケジュールが必要です。前日夜にピコスルファートナトリウムを服用し、当日朝から腸管洗浄液の服用を開始します。看護師は、患者さんの状態を観察しながら、適切なペースで腸管洗浄液を服用できるようサポートします。高齢者や腎機能障害のある患者さんでは、脱水や電解質異常に特に注意が必要です。
術中看護:安全な治療環境の提供
処置中のモニタリングと観察
ESDは通常、鎮静下で行われるため、患者さんのバイタルサインの継続的なモニタリングが極めて重要です。具体的には、血圧、心拍数、呼吸数、酸素飽和度を定期的に観察します。特に鎮静剤投与後は、呼吸抑制のリスクが高まるため、慎重な観察が必要です。
処置中の体位管理も重要な看護ケアの一つです。長時間の同一体位による圧迫や循環障害を防ぐため、適切なクッションの使用や、可能な範囲での体位調整を行います。また、処置中の体温低下を防ぐため、適切な室温管理や保温にも配慮が必要です。
術後看護:合併症予防と早期発見
急性期の観察とケア
ESD直後は、出血や穿孔などの重大な合併症の発生リスクが最も高い時期です。そのため、看護師には特に慎重な観察と迅速な対応が求められます。術後の観察では、バイタルサイン(血圧、脈拍、体温、呼吸状態)の変化を定期的に確認します。特に、血圧の低下や頻脈は出血を示唆する重要なサインとなります。
腹部症状の観察も重要です。強い腹痛や腹部膨満感の出現は、穿孔の可能性を示唆する症状です。また、吐血や下血などの出血症状にも注意が必要です。これらの症状が見られた場合は、速やかに医師に報告し、必要な検査や処置を行えるよう準備します。
段階的な経口摂取再開
術後の経口摂取の再開は、治療部位や患者さんの状態に応じて慎重に進めていきます。一般的な経過として、以下のような段階を経ます:
術後24時間は絶飲食とし、その後医師の指示のもと、水分から開始します。問題がなければ、流動食、三分粥、全粥と段階的に食事形態をアップグレードしていきます。この過程で、嘔気や腹痛などの症状が出現していないか、しっかりと観察することが重要です。特に高齢者では、誤嚥のリスクにも注意を払う必要があります。
退院指導:安全な自宅療養に向けて
日常生活上の注意点
退院後の生活において、患者さんが安全に過ごすためには、具体的な生活指導が重要です。食事については、当面は消化の良い食事を心がけ、アルコールや刺激物は控えめにするよう指導します。また、急激な腹圧上昇を避けるため、重い物の持ち上げや激しい運動は控えめにするよう説明します。
入浴については、主治医の許可があるまでシャワーのみとし、湯船につかることは避けるよう指導します。また、処方された薬(胃酸分泌抑制剤など)は指示通りに服用することの重要性も説明します。
要注意症状と対応方法
退院後に注意が必要な症状について、具体的に説明することが重要です。特に以下の症状が出現した場合は、すぐに病院に連絡するよう指導します:
- 強い腹痛や持続する腹痛
- 大量の吐血や下血
- 38度以上の発熱
- 持続する嘔吐や食事摂取困難
- 著明な腹部膨満感
これらの症状は、重大な合併症の可能性を示唆するものであり、早期発見・早期対応が重要です。
患者さんの精神的サポート
ESDを受ける患者さんの多くは、がんという診断に対する不安や、治療への恐怖感を抱えています。看護師は、患者さんの気持ちに寄り添い、適切な情報提供と心理的サポートを行うことが重要です。特に以下のような点に注意を払います:
- 治療前の不安への対応
- 処置中の声かけやコミュニケーション
- 術後の回復過程における励まし
- 退院後の生活に対する不安への対応
まとめ:より良い看護ケアの提供に向けて
ESDは、早期がんの治療として非常に有効な方法ですが、その成功には適切な看護ケアが不可欠です。看護師は、術前準備から術後管理、そして退院指導まで、各段階で重要な役割を担っています。患者さんの身体的・精神的ニーズに配慮しながら、安全で効果的な治療を支援することが求められます。
本記事で学んだ知識を基に、実践の場で患者さんにより良いケアを提供していただければ幸いです。日々の看護実践を通じて、さらなる知識と経験を積み重ねていってください。