看護理論の中でも実践的で応用しやすい「アイモジン・M・キングの目標達成理論」について、基本概念から具体的な看護実践での活用方法まで、わかりやすく詳しく解説します。
看護学生や現場で働く看護師の皆さんにとって、患者との関係構築や効果的なケア提供に役立つ重要な理論です。
アイモジン・M・キングとは？目標達成理論の開発者
アイモジン・M・キング（Imogene M. King、1923-2007）は、アメリカの看護理論家として知られ、1960年代から1980年代にかけて「目標達成理論（Goal Attainment Theory）」を開発しました。
キングは看護を「人間の相互作用のプロセス」として捉え、看護師と患者が協働して健康目標を達成することの重要性を提唱しました。
キングの理論は、現代の患者中心のケアやチーム医療の基盤となる考え方を早期に示した画期的な理論として、世界中の看護教育や臨床現場で活用されています。
特に、「看護師を燃え尽き症候群から救う理論」とも称され、目標達成による看護師の満足度向上にも寄与しています。
キングの目標達成理論とは？基本的な考え方
キングの目標達成理論は、看護師と患者が相互作用を通じて共同で目標を設定し、それを達成するプロセスを中心に据えた看護理論です。
健康維持や回復のために、ヘルスケア・システム（看護の臨床現場）において、特定された二者間（主に看護師と患者）の相互行為を行う過程の要素を明らかにしたものです。
相互行為の過程とは
定義
個人が、自身のかかわる他者とその置かれている状況を、コミュニケーションを通じて知覚し、目標を設定して目標達成の方策を見つける過程
プロセスの流れ
- 行為・対応・障害（問題）の認識
- 知覚した情報の共有
- 共同目標の設定
- 目標達成の手段の検索
- 目標達成の手段に対する同意
- 相互浸透行為
- 目標達成
キングの概念フレームワーク：力動的相互作用システム
キングは人間の行動を3つの相互作用システムで説明しています。
看護のさまざまな現象は、これらの力動的な相互作用をしているシステム内で起こっており、3つは相互に力動的な相互作用を行う開放システムです。
個人システム（Personal System）
定義
1人の人間である個人のこと。キングは、人間を「環境と交流する開放システム」であると見なし、これを個人システムと称しています。
主要な概念
- 知覚（Perception）
個人が環境や状況をどのように感じ、理解するか
- 自己概念（Self）
個人が自分自身についてどのように感じ、認識しているか
- 身体像（Body Image）
個人が自分の身体についてどのように感じ、理解しているか
- 成長発達（Growth and Development）
個人の身体的・心理的・社会的な成長プロセス
- 時間（Time）
過去、現在、未来に対する個人の認識と経験
- 空間（Space）
物理的・社会的・文化的環境に対する個人の認識
対人システム（Interpersonal System）
定義
二者間、三者間の間で相互行為がなされるシステム。看護師と患者の二者関係は、個人間システムの中の1つのタイプです。
主要な概念
- 相互作用（Interaction）
2人以上の人間の間で起こる双方向的なコミュニケーション
- コミュニケーション（Communication）
情報を共有し、理解を深めるための手段と過程
- 相互浸透行為（Transaction）
価値あるいくつかの目標を達成するために、人間が外界（他者や環境）とコミュニケーションを図る相互行為
- 役割（Role）
個人が社会や関係性の中で果たすべき期待される行動パターン
- ストレス（Stress）
環境の変化に対する個人の動的な反応
社会システム（Social System）
定義
個人・個人間システムを包含し、それに影響を与え、その環境を作り変えていく家族、宗教団体、教育体制、労働組織などの、社会的役割・慣行・行動からなる組織的な体系
主要な概念
- 組織（Organization）
共通の目標を持った人々の集合体
- 権威（Authority）
組織内での意思決定や指導を行う権限
- 権力（Power）
他者の行動に影響を与える能力
- 地位（Status）
組織や社会における個人の位置や役割
- 意思決定（Decision Making）
選択肢の中から最適な行動を選ぶプロセス
キングの目標達成理論の11の基本構成要素
キングの目標達成理論は、個人間システムから導き出されたもので、以下の11の主要概念から構成されています：
1. 成長と発達（Growth and Development）
定義
人の活動の細胞レベル、分子レベル、そして行動レベルにおける継続的な変化であり、個人が成熟へと向かうのを助けるもの
看護実践での活用
- 患者の発達段階に応じたアプローチ
- ライフサイクルを考慮したケア計画
- 成長促進のための環境整備
- 発達課題への支援
2. 知覚（Perception）
定義
個人的・主観的なもので、感覚ならびに記憶からの情報を組織し、解釈された過程。その人間（個人）の「環境」に関する解釈
看護実践での活用
- 患者の病気や治療に対する認識を確認
- 看護師自身の先入観や偏見を見直し
- 文化的背景による知覚の違いを尊重
- 患者の主観的な体験を重視した関わり
3. 自己概念（Self）
定義
その人間の完全な主観的環境であり、経験とその意味を判別する中心になる自己
看護実践での活用
- 患者のアイデンティティや価値観の理解
- 病気による自己概念の変化への支援
- 患者の強みや能力に焦点を当てたケア
- 自尊心を高める関わり方の実践
4. 身体像（Body Image）
定義
成長と発達の段階で身体像はその一部をなしているが、身体についての知覚であり、かつ自身や自分の外観に対する他者の反応によって形成されている
看護実践での活用
- 手術や治療による身体変化への適応支援
- 慢性疾患患者の身体受容への援助
- リハビリテーションにおける身体機能回復支援
- 美容的な変化に対する心理的サポート
5. 時間（Time）
定義
時間は、将来に向かって進んでいく出来事の連鎖であると定義される。各個人が1回かぎり経験する出来事と、次の出来事との間の期間
看護実践での活用
- 患者の人生歴や過去の体験の理解
- 現在の状況に対する患者の認識確認
- 将来への希望や不安に対する支援
- 治療計画における時間軸の共有
6. 空間（Space）
定義
あらゆる方向に存在すると定義され、所属した文化や状況にも影響を受ける。物理的領域では「縄張り」として占有されることもある。個人的な知覚に依拠しているが、看護師と患者が相互に作用し合う環境でもある
看護実践での活用
- 病室環境の整備と個人化
- プライバシーの確保
- 文化的に適切な環境の提供
- 家族や友人との交流空間の確保
7. コミュニケーション（Communication）
定義
対面して1対1で、あるいは電話、テレビ、書き言葉をとおして、直接的・間接的に情報が人から人へと伝えられる過程。個人間システムを構成する看護師と患者の双方向の主要な行為であり、言語・非言語・表象などで表される
看護実践での活用
- 言語的・非言語的コミュニケーションの活用
- 患者の理解度に応じた説明方法の選択
- 傾聴技術の活用
- 多職種間での情報共有
8. 役割（Role）
定義
一定の社会システム内のある地位に関連して期待される行動の総体。また組織内のある地位に関するために相互に作用し合っている複数の人々の関係
看護実践での活用
- 患者の社会的役割の理解と尊重
- 病気による役割変化への適応支援
- 新しい役割の獲得への援助
- 家族内での役割調整の支援
9. ストレス（Stress）
定義
人が他者や環境のかかわる際のエネルギー要因。もともとストレスは人の生命を破壊する力とは考えられていない。人が成長し生きていくうえでさまざまな対策を身につけるためには、不可欠なもの
看護実践での活用
- ストレス要因の特定と評価
- 対処能力の査定
- ストレス軽減策の実施
- 成長のエネルギーとしてのストレス活用
10. 相互行為（Interaction）
定義
相互行為的で相互依存的な行為であり、相互に関係している複数の人間で繰り広げられ、観察できる行動。看護では、相互作用は、看護師─患者間で行われる
看護実践での活用
- 双方向的なコミュニケーションの促進
- 患者の主体性を尊重した関わり
- 相互依存的な関係性の構築
- 観察可能な行動変化の評価
11. 相互浸透行為（Transaction）
定義
価値あるいくつかの目標を達成するために、人間が外界（他者や環境）とコミュニケーションを図る相互行為。看護への適用は、ヘルスケア・システムの中で起こる看護状況で、患者と相互に設定した目標を達成するために、看護師と患者の間で起こる相互行為の最終的な段階として分析される行為
看護実践での活用
- 共同目標達成への取り組み
- 価値ある成果の創出
- 効果的な目標達成手段の実施
- 継続的な評価と調整
キングの目標達成理論に基づく看護過程の展開
キングの目標達成理論を看護過程に適用する際は、患者との相互作用を通じた目標設定と達成に重点を置きます。
アセスメント段階での活用
11の構成要素に基づく総合的評価
個人の情報の査定は、目標達成理論を構成するすべての概念が対象になります。
1. 患者の成長と発達の状態
- 発達段階の評価
- ライフサイクル上の課題
- 身体的・心理的・社会的成熟度
2. 患者自身の現在の知覚に影響を与えるもの
- 感覚機能の状態
- 年齢、発達段階
- 教育背景
- 使用している薬物
- 食事・栄養状態
3. 患者の自己概念
- 自己認識とアイデンティティ
- 価値観と信念
- 自尊心の程度
4. 患者自身に対するボディイメージ
- 身体に対する認識
- 病気による変化への受容度
- 外見に対する感情
5-6. 患者の現在の時間への感覚、空間への知覚、現在の環境に対するイメージ
- 時間の流れに対する認識
- 物理的・社会的環境への適応
- プライバシーや縄張り意識
7. 患者のコミュニケーションのスタイル
- 言語的・非言語的表現方法
- 文化的背景による特徴
- 理解力と表現力
8. 患者の社会的役割
- 家族内での役割
- 職業・社会的地位
- 期待される行動パターン
9. 患者の現在のストレスとストレス対処能力
- ストレス要因の特定
- 対処メカニズムの評価
- 適応能力の査定
コミュニケーションを通じたアセスメント
キングは、たとえ幼児や意識のない患者であっても、コミュニケーション（言語的・非言語的なもの双方を含む）を通したアセスメントを行うことの重要性を強調し、そのような対象との間でも看護師が相互作用を行うことができるとしています。
看護診断段階での活用
障害の発見
キングの理論では、看護診断は「障害の発見」として表現されます。11の構成要素を基に、患者の健康目標達成を阻害する要因を特定します。
相互作用の障害要因
- コミュニケーションの困難
- 知覚の相違
- 役割の混乱
- ストレス対処能力の不足
計画段階での活用
共働目標の設定・手段の探索・手段への同意
キングの理論では、計画立案は以下の3つの要素で構成されます：
1. 共働目標の設定
- 看護師と患者が共同で設定
- 患者の価値観や希望を尊重
- 現実的で達成可能な目標
2. 手段の探索
- 目標達成のための具体的方法を検討
- 患者の能力と資源を考慮
- 代替案の準備
3. 手段への同意
- 患者の理解と同意を確認
- 看護師と患者の役割分担を明確化
- 実施方法の詳細を決定
実施段階での活用
目標達成に向けて相互浸透行為がなされているかどうかをみる
実施段階では、相互浸透行為（Transaction）が適切に行われているかを継続的に評価します。
相互浸透行為の要素
- 双方向的なコミュニケーション
- 目標に向けた協働活動
- 互いの役割の認識と実行
- 継続的な情報共有と調整
評価段階での活用
目標を達成したかどうかをみる
評価段階では、設定した目標の達成度を客観的・主観的に評価します。
評価のポイント
- 目標達成度の測定
- 患者の満足度確認
- 看護師の満足度評価
- 相互作用プロセスの振り返り覚の共有**
- 看護師と患者それぞれの状況認識を確認
- 知覚の違いを明確にし、理解を深める
- 共通の認識基盤を構築
2. 目標の優先順位決定
- 患者の価値観や希望を尊重
- 医学的必要性との調整
- 現実的で達成可能な目標の設定
3. 具体的な行動計画の策定
- 目標達成に向けた具体的な行動の計画
- 看護師と患者の役割分担の明確化
- 評価時期と方法の決定
実施段階での活用
効果的なコミュニケーション
言語的コミュニケーション
- 患者の理解レベルに応じた説明
- 専門用語の適切な使用
- 質問や疑問への丁寧な対応
非言語的コミュニケーション
- 表情、姿勢、声のトーンへの配慮
- 患者のボディランゲージの観察
- 適切な距離感の維持
相互作用の促進
- 患者の主体性を尊重した関わり
- 双方向的な情報交換の実施
- 患者の感情や体験の受容
評価段階での活用
目標達成度の評価
客観的評価
- 測定可能な指標による評価
- 医学的データの変化確認
- 行動変化の観察記録
主観的評価
- 患者の満足度や感想の聴取
- 生活の質の変化確認
- 自己効力感の向上度評価
プロセス評価
- 相互作用の質の評価
- コミュニケーションの効果確認
- 協働関係の発展度評価
疾患・領域別の目標達成理論の応用
慢性疾患看護での活用
糖尿病患者への適用例
知覚の共有
- 病気に対する患者の理解度確認
- 治療の必要性に関する認識の統一
- 合併症への不安や恐れの共有
共同目標設定
- 血糖コントロール目標の設定
- 生活習慣改善の具体的計画
- 長期的な健康維持目標
継続的な評価
- 自己管理能力の向上度評価
- 生活の質の変化確認
- 治療継続への意欲維持
急性期看護での活用
手術患者への適用例
術前の目標設定
- 手術に対する不安軽減
- 術前準備への協力促進
- 術後回復への意欲向上
術後の目標達成
- 早期離床への取り組み
- 合併症予防への協力
- 退院に向けた準備
精神科看護での活用
うつ病患者への適用例
自己概念の支援
- 否定的な自己認識の修正
- 強みや能力への焦点化
- 自尊心の回復支援
社会復帰目標
- 段階的な活動レベル向上
- 対人関係の再構築
- 社会的役割の回復
小児看護での活用
発達段階に応じた目標設定
乳幼児期
- 家族を通じた目標設定
- 成長発達の促進
- 安全で快適な環境提供
学童期・思春期
- 患者自身の参加促進
- 年齢に応じた説明と同意
- 自律性の尊重と支援
多職種連携におけるキング理論の活用
チーム医療での目標共有
共通目標の設定
- 患者・家族・医療チーム間での目標共有
- 各職種の専門性を活かした役割分担
- 統一されたケアプランの作成
効果的なコミュニケーション
- 職種間の情報共有促進
- 患者情報の統一と更新
- 意見の相違への建設的な対応
家族看護への応用
家族システムとしての理解
- 家族全体の健康目標設定
- 各家族成員の役割理解
- 家族内コミュニケーションの改善
家族の意思決定支援
- 治療方針決定への参画支援
- 家族会議の進行とファシリテート
- 合意形成プロセスの支援
キング理論を活用した看護記録・評価
記録のポイント
相互作用の記録
- 患者との会話内容の要点記録
- 非言語的コミュニケーションの観察
- 患者の反応や変化の詳細記録
目標達成過程の記録
- 設定した目標の明確な記載
- 実施した看護介入の具体的内容
- 目標達成度の客観的評価
知覚の変化記録
- 患者の病気理解の変化
- 治療への意欲や態度の変化
- 自己効力感の向上過程
評価指標の設定
定量的評価指標
- 生理学的パラメーターの改善
- 行動変化の頻度や程度
- 治療遵守率の向上
定性的評価指標
- 患者満足度の向上
- 生活の質の改善
- 自己効力感の増強
キング理論学習のための実践的アプローチ
看護学生への教育方法
理論の理解促進
- 具体的な事例を用いた学習
- ロールプレイによる体験学習
- グループディスカッションでの理解深化
実習での活用
- 受け持ち患者との目標設定体験
- 指導者との振り返りとフィードバック
- 他学生との経験共有
現職看護師への継続教育
院内研修プログラム
- キング理論の基本概念復習
- 事例検討による実践的学習
- 多職種合同での目標共有演習
自己学習の促進
- 関連文献の読書会
- 実践報告の発表機会
- 継続的な振り返りとセルフチェック
まとめ：キング目標達成理論の現代的意義と展望
キングの目標達成理論は、看護師と患者が協働して健康目標を達成するための実践的で包括的な枠組みを提供します。現代の患者中心のケアやチーム医療において、ますますその重要性が認識されています。
理論の核心価値
- 患者の主体性と自律性の尊重
- 効果的なコミュニケーションの重視
- 個別性に配慮したケアの提供
- 多職種連携の促進
- 継続的な評価と改善
今後の展望
- デジタル技術を活用した目標管理
- 文化の多様性に対応したケアモデル
- 地域包括ケアシステムでの活用
- 看護教育カリキュラムでの体系的導入
看護学生や看護師の皆さんは、キングの目標達成理論を学び、日々の実践に活用することで、より質の高い看護ケアを提供できるようになります。
患者との協働関係を築き、共に目標を達成する喜びを体験しながら、看護の専門性を高めていきましょう。
この理論を通じて、患者にとってより良い看護を提供し、看護師としての専門的成長を遂げることができるでしょう。
継続的な学習と実践を通じて、キング理論の真の価値を体現する看護師を目指してください。
