~患者さんの物語から学ぶケアの実践法~
はじめに
皆さん、こんにちは。看護の現場で「ナラティブ・アプローチ」という言葉を聞いたことはありますか?難しそうな言葉に思えるかもしれませんが、実は私たちが普段何気なく行っている「患者さんの話を聴くこと」に深く関連しているんです。今回は、このナラティブ・アプローチについて、現場で活用できるように、できるだけ具体的に説明していきたいと思います。
ナラティブ・アプローチの基本
まず最初に、ナラティブ・アプローチの基本的な考え方について説明します。ナラティブ・アプローチとは、患者さんの体験や気持ちを「物語」として理解しようとする方法です。「ナラティブ」は英語で「物語」という意味があります。私たちの人生は、様々な出来事や経験の積み重ねでできています。それは患者さんも同じです。病気になったきっかけ、治療を続ける中での苦労、将来への希望など、一人一人が自分だけの物語を持っています。
例えば、同じ糖尿病という病気でも、ある患者さんは「仕事が忙しくて食事時間が不規則になってしまう」という悩みを抱え、別の患者さんは「夫の介護があって自分の健康管理まで手が回らない」という状況かもしれません。また、「昔、父が糖尿病で苦しんでいたので、自分も同じようになるのが怖い」という思いを持っている方もいるかもしれません。
なぜナラティブ・アプローチが必要なのか
医療の現場では、血圧や体温、血液検査の数値など、客観的なデータがとても重要です。しかし、それだけでは患者さんを本当の意味で理解することはできません。なぜなら、同じような症状や検査結果でも、その背景にある生活環境や考え方、価値観は人それぞれ違うからです。
例えば、高血圧の患者さんに「塩分を控えましょう」と指導する場合を考えてみましょう。単に「1日6g以下」という数字を伝えるだけでは、なかなか実践につながりません。その人の生活習慣、家族構成、仕事の状況、食事に対する考え方などを理解した上で、その人に合ったアドバイスをすることが大切なのです。
ナラティブ・アプローチの実践方法
1. 「聴く」ための環境づくり
まず大切なのは、患者さんが安心して話せる環境を整えることです。プライバシーが守られる場所を選び、焦らずゆっくりと時間を取ることが重要です。ベッドサイドなら、カーテンを引いて他の患者さんに聞こえにくくするなどの配慮も必要です。また、看護師自身も余裕を持って臨むことが大切です。忙しそうな様子を見せてしまうと、患者さんは「話しづらい」と感じてしまうかもしれません。
聴き方のポイント
患者さんの話を聴くときは、いくつかの重要なポイントがあります。相手の言葉をさえぎらず、うなずきや相づちを適切に入れながら、注意深く聴くことが基本です。相手の話の内容だけでなく、表情や声のトーン、話すスピードなども大切な情報になります。
例えば、「最近、眠れていますか?」という質問に対して、「まあ、なんとか…」と患者さんが答えたとします。このとき、言葉だけでなく、ため息や視線の動きなども含めて観察することで、その人が抱えている不安や悩みに気づくことができるかもしれません。
具体的な声かけの例
ナラティブ・アプローチでは、オープンクエスチョン(はい・いいえでは答えられない質問)を活用することが効果的です。以下のような声かけを意識してみましょう:
「この薬を飲み始めてから、どんな変化を感じていますか?」
「お仕事と治療の両立について、どのように工夫されていますか?」
「退院後の生活について、どんなことが気になりますか?」
このような質問をすることで、患者さんは自分の言葉で体験や思いを語ることができます。
日常のケアでの活用法
朝の検温や日常のケアの場面でも、ナラティブ・アプローチを活用することができます。例えば、体温を測りながら「昨夜はよく眠れましたか?」と声をかけ、患者さんの様子を観察します。「眠れなかった」という答えがあれば、「どんなことが気になって眠れなかったのですか?」と、さらに話を深めていきます。
また、処置をしながら「ご家族は最近来られましたか?」と声をかけることで、家族関係や社会的なサポート状況について理解を深めることができます。日常的なケアの中での何気ない会話も、実は重要な情報収集の機会なのです。
記録の取り方
患者さんから聴いた話は、適切に記録することが大切です。しかし、メモを取ることに集中しすぎると、患者さんとの自然な会話の流れが途切れてしまう可能性があります。まずは患者さんの話にしっかりと耳を傾け、その後で重要なポイントを記録するというやり方がおすすめです。
記録をする際は、以下のような点に注意しましょう:
- 患者さんが使った言葉をそのまま記録する
- 非言語的なコミュニケーション(表情、しぐさなど)も含める
- 看護師自身の気づきや解釈も書き添える
チームでの情報共有
ナラティブ・アプローチで得られた情報は、看護チーム全体で共有することが重要です。例えば、カンファレンスの場で「〇〇さんは、今回の入院を『人生を見直すきっかけ』と捉えているようです」といった形で、患者さんの思いを共有することができます。
このように情報を共有することで、チーム全体で患者さんの思いに沿ったケアを提供することが可能になります。
長期的なケアへの活用
慢性疾患の患者さんの場合、病気との付き合い方は一人一人異なります。その人らしい生活を支援するためには、長期的な視点でその人の物語を理解することが大切です。
例えば、糖尿病の患者さんの場合、定期的な通院の際に「最近の生活で困っていることはありますか?」「血糖値を測定することで、どんな気づきがありましたか?」といった質問を通じて、その人の生活や考え方の変化を理解していきます。また、「頑張って運動を続けられているようですね」「工夫されているところがありますね」といった言葉かけで、患者さんの努力を認め、モチベーションを支えることもできます。
家族との関わり方
患者さんの物語を理解する上で、家族の存在も重要です。家族は患者さんの生活を支える重要な存在であり、同時に独自の悩みや不安を抱えているかもしれません。
例えば、認知症の患者さんの家族に「在宅介護で困っていることはありますか?」と尋ねることで、家族の負担や心配事を理解することができます。また、「○○さんの若い頃のお話を聞かせていただけますか?」といった質問を通じて、その人らしさや家族の思いを知ることもできます。
困難な場面での対応
患者さんが怒りや不安を強く表出する場面もあるでしょう。そんなときこそ、ナラティブ・アプローチが力を発揮します。まずは相手の感情を受け止め、その背景にある思いを理解しようとする姿勢が大切です。
例えば、「待ち時間が長い!」と怒りを表す患者さんには、「お待たせして申し訳ありません。待っている間、どんなことが気になっていましたか?」と声をかけることで、その人の不安や焦りに気づくことができるかもしれません。
新人看護師への指導のポイント
ナラティブ・アプローチは、経験を重ねることで上手くなっていきます。新人看護師への指導では、以下のようなポイントを意識すると良いでしょう:
まず、患者さんとの関わりの基本として、相手の話をしっかりと聴く姿勢を身につけることが大切です。忙しい業務の中でも、患者さんと向き合う時間を大切にする習慣を作っていきましょう。
また、先輩看護師が実践している場面を見学させたり、実際の会話の例を示したりすることで、具体的なイメージを持ってもらうことができます。
これからの看護とナラティブ・アプローチ
医療技術が進歩し、AIやロボットの活用も増えていく中で、人と人との関わりの重要性はますます高まっていくでしょう。ナラティブ・アプローチは、そんな時代だからこそ大切な看護の技術なのです。
一人一人の患者さんの物語に耳を傾け、その人らしさを理解しようとする姿勢は、看護の本質と言えるかもしれません。日々の業務に追われる中で、すべての患者さんと長時間話をすることは難しいかもしれません。でも、短い関わりの中でも、その人の思いに寄り添う瞬間を大切にしていきたいものです。
おわりに
ナラティブ・アプローチは、特別な技術というよりも、患者さんを一人の人として理解しようとする姿勢だと言えます。この記事で紹介した方法を、ぜひ日々の看護実践に活かしてみてください。
皆さんの実践を通じて、患者さんとの関わりがより豊かなものになることを願っています。そして、その経験が皆さん自身の看護の物語として積み重なっていくことでしょう。一緒にがんばっていきましょう!