はじめに
医療の現場で働く私たち看護師は、日々様々な判断を迫られています。患者さんの命と権利を守るため、何が正しくて何が間違っているのか、よく考えて行動する必要があります。この記事では、医療の倫理について、できるだけ分かりやすく説明していきます。
倫理って何だろう?
倫理という言葉は難しく感じるかもしれません。でも、実は私たちの日常生活にも深く関わっています。倫理とは、簡単に言えば「人として正しい行動とは何か」を考えるためのものさしです。
例えば、電車で目の前のお年寄りに席を譲るのは、倫理的に正しい行動です。なぜなら、お年寄りを思いやり、助け合うことは、社会の中で大切にされている価値だからです。医療の現場でも同じように、患者さんを思いやり、その権利を守ることが求められます。
医療の現場での倫理とは
医療の現場では、患者さんの命や健康に関わる重要な判断を、毎日のように行っています。特に大切なのは、患者さんの意思を尊重し、その人らしい生活を支えることです。
例えば、患者さんが「痛み止めを使いたくない」と言った場合、その意思を無視して薬を使うことは倫理的に問題があります。たとえ私たち医療者が「薬を使った方が良い」と考えても、まずは患者さんの考えを聞き、なぜそう思うのかを理解する必要があります。
また、患者さんの個人情報を守ることも、重要な倫理的責任です。廊下やエレベーターでの会話に気をつけたり、電子カルテの画面を他人に見られないようにしたりすることも、倫理的な行動の一つです。
看護師の倫理綱領を知ろう
日本看護協会が定めている看護者の倫理綱領について見ていきましょう。この倫理綱領は、看護師として働く私たちが守るべき大切なルールをまとめたものです。
まず大切なのが「人間の尊重」です。これは、患者さんの年齢や性別、国籍、病気の種類に関係なく、一人の人間として大切に扱うという意味です。例えば、認知症の患者さんに対して子ども扱いをしたり、外国人の患者さんを差別的に扱ったりすることは、この原則に反します。
次に重要なのが「知る権利の保障」です。患者さんには、自分の病気や治療について詳しく知る権利があります。医師からの説明が難しくて理解できない場合は、看護師が分かりやすく説明する役割があります。「何も言わない方が患者さんのためだ」と考えて情報を隠すのは、正しい態度ではありません。
患者さんの権利について
患者さんには、いくつかの大切な権利があります。まず、治療を受けるかどうかを自分で決める権利です。これを「自己決定権」と言います。例えば、手術を受けるかどうか、どの治療法を選ぶかなど、最終的な決定権は患者さん本人にあります。
また、プライバシーを守られる権利も重要です。病室でカーテンを閉める、他の患者さんに聞こえないように声の大きさに気をつける、個人情報の取り扱いに注意するなど、日々の看護の中で実践していく必要があります。
セカンドオピニオンを求める権利も忘れてはいけません。これは、他の医師の意見を聞く権利のことです。「この病院の医師の意見だけでなく、他の医師の意見も聞いてみたい」という患者さんの希望は、当然の権利として認められています。
医療者としての私たちの責任
医療者として働く私たちには、大きな責任があります。患者さんの命と健康を守るという重要な仕事を任されているからです。では、具体的にどんな責任があるのでしょうか。
まず、「安全な医療を提供する責任」があります。例えば、薬を準備する時は必ず複数回確認する、清潔操作を確実に行う、感染予防の対策をしっかりと実施するなど、基本的なルールを守ることが大切です。「今日は忙しいから」「これくらいなら大丈夫」という考えは、絶対に持ってはいけません。
次に、「知識と技術を磨き続ける責任」があります。医療の世界は日々進歩しており、新しい治療法や看護技術が次々と生まれています。研修や勉強会に積極的に参加したり、専門書や論文を読んだりして、常に学び続ける姿勢が必要です。
また、「チームの一員として協力する責任」も重要です。医師、薬剤師、理学療法士など、様々な職種の人たちと情報を共有し、協力して患者さんのケアを行います。「自分の仕事さえしっかりすれば良い」という考えでは、質の高い医療は提供できません。
難しい判断が必要な時は
医療の現場では、時として難しい判断を迫られることがあります。例えば、「終末期の患者さんへの延命治療をどうするか」「認知症の患者さんの意思をどこまで尊重するか」といった問題です。
このような場合、まず大切なのは、一人で判断しようとしないことです。カンファレンスなどの場で、チームメンバーと話し合い、様々な視点から検討することが重要です。また、病院の倫理委員会に相談するという方法もあります。
特に注意が必要なのが、「パターナリズム」という考え方です。これは、「医療者が患者さんの最善を考えて判断する」という態度のことですが、時として患者さんの意思を無視することにもなりかねません。患者さんの意思を尊重しながら、どうすれば本当の意味で患者さんのためになるのか、よく考える必要があります。
倫理的な問題への具体的な対応方法
実際の医療現場では、様々な倫理的な問題が発生します。こうした問題に適切に対応するために、具体的な手順を知っておくことが大切です。
まず、問題が発生したら、以下のような順序で考えていきます。「何が問題なのか」をはっきりさせ、「誰にとって」「どのような」問題なのかを整理します。例えば、「認知症の患者さんが食事を拒否している」という状況であれば、「患者さんの生命維持」と「患者さんの意思の尊重」という二つの価値が対立していることが分かります。
次に、その問題について「何が正しい行動なのか」を考えます。このとき、「善行の原則」(患者さんのためになること)と「無害の原則」(患者さんに害を与えないこと)という二つの基本原則を思い出すと良いでしょう。
また、困ったときは、必ず誰かに相談することを忘れないでください。先輩看護師や上司、医師、倫理委員会など、相談できる人や場所はたくさんあります。一人で抱え込まず、チームで考えることが大切です。
これからの医療倫理を考える
医療技術の進歩とともに、新しい倫理的な問題も次々と生まれています。例えば、遺伝子治療や人工知能の活用など、これまでになかった技術をどのように使っていくべきか、考えていく必要があります。
また、高齢化が進む中で、「最期をどう迎えるか」という問題も重要になってきています。延命治療をどこまで行うか、在宅医療をどのように支援するかなど、患者さんの人生の質(QOL)を考えながら、適切な医療を提供していく必要があります。
まとめ~より良い医療を目指して~
医療の倫理は、決して難しい理論や堅苦しいルールではありません。患者さんの気持ちに寄り添い、その人らしい生活を支えるための大切な考え方です。
新人看護師さんや看護学生さんは、最初は戸惑うことも多いかもしれません。しかし、この記事で紹介した基本的な考え方を理解し、日々の看護実践の中で意識していくことで、必ず成長することができます。
医療の現場で働く私たちには、患者さんの命と権利を守るという大きな責任があります。これからも患者さんの気持ちに寄り添い、倫理的な判断ができる看護師を目指して、日々学び続けていきましょう。