はじめに
慢性腎不全は、腎臓の機能が徐々に低下し、体内の老廃物の排出や体液のバランス調整が困難になる進行性の疾患です。
この記事では、慢性腎不全患者の看護過程について、ゴードンの機能的健康パターンを用いたアセスメントを基に詳しく解説します。
慢性腎不全の患者ケアでは、生活習慣の改善と適切な治療方法の選択が非常に重要です。
患者自身が積極的に自己管理を行うことが求められるため、看護師による適切な支援と教育が不可欠です。
腎臓の解剖生理と腎不全の病態
腎臓の解剖生理
腎臓は、人体の後腹膜腔に位置する左右一対の臓器です。主な機能は以下の通りです:
- 血液のろ過
- 老廃物の排出
- 電解質バランスの調整
- 血圧調節
- 赤血球産生の調節(エリスロポエチンの分泌)
- ビタミンDの活性化
腎臓は、1分間に約1200mlの血液をろ過し、1日約180Lの原尿を生成します。この原尿は尿細管で再吸収と分泌のプロセスを経て、最終的に1日約1.5Lの尿として排出されます。
腎不全の病態
腎不全は、腎臓がその機能を十分に果たせなくなる状態を指します。大きく分けて急性腎不全と慢性腎不全があります。
- 急性腎不全:
- 短期間で発症
- 適切な治療により回復の可能性あり
- 原因:脱水、ショック、薬物中毒など
- 慢性腎不全:
- 長期間にわたり進行
- 不可逆的な経過をたどる
- 原因:糖尿病性腎症、慢性糸球体腎炎、高血圧性腎硬化症など
慢性腎不全は、腎機能の低下度に応じてCKD(慢性腎臓病)ステージG1からG5に分類されます。G5は末期腎不全を示し、この段階では透析療法や腎移植が必要となることが多いです。
患者紹介と病歴
患者情報
- 患者名:B氏(50歳、男性)
- 職業:会社員(管理職)
- 家族構成:妻(50歳、事務職)、長女(20歳、会社員)
既往歴と現病歴
- 40歳:尿管結石
- 52歳:高血圧と腎不全を指摘されるも無症状のため治療せず
- 現在:感冒症状で受診し、腎機能の著しい低下が判明
- エコー検査で腎萎縮を確認、透析を勧められるも仕事を理由に拒否
- 全身倦怠感や浮腫が出現し、家族の説得により8月15日に即日入院
ゴードンのアセスメント:健康知覚と健康管理
患者の健康状態
B氏は現在、末期腎不全(CKDステージG5)の状態にあります。慢性腎不全の特徴として、初期には自覚症状が乏しいことが挙げられます。しかし、病状が進行すると以下のような症状が現れます:
- 全身倦怠感
- 浮腫(特に下肢)
- 食欲不振
- 吐き気・嘔吐
- 皮膚掻痒感
- 貧血
- 高血圧
B氏の場合、全身倦怠感と浮腫が顕著になったことで、ようやく治療の必要性を認識するに至りました。
問題点の分析
- 健康管理意識の低さ:
- 38歳時の定期健診で腎障害を指摘されるも放置
- 52歳時の健康診断で腎不全を指摘されても治療に消極的
- 生活習慣の問題:
- 不規則な勤務
- 睡眠不足
- 不適切な食生活(推測)
- 知識不足:
- 腎不全に関する理解不足
- 生活習慣改善の重要性に対する認識不足
これらの要因が複合的に作用し、B氏の腎機能の急速な悪化を招いたと考えられます。
看護計画と介入
看護問題
「疾患や透析に関する知識不足に関連した非効果的な自己健康管理」
看護目標
- 長期目標:
B氏が自身の生活上の問題点に気づき、具体的な改善策を見出し実践できる。 - 短期目標:
- B氏が治療のために生活改善が必要であることを理解する。
- シャントの管理方法を習得し、適切にセルフケアを行える。
具体的な看護介入
観察計画(OP)
- バイタルサインの定期的モニタリング
- 血圧:1日3回(朝・昼・夕)測定
- 体温:1日2回(朝・夕)測定
- 脈拍・呼吸数:1日3回(朝・昼・夕)測定
- SpO2:必要時測定
- 体重測定と浮腫の観察
- 毎日朝の空腹時に体重測定
- 下肢を中心に浮腫の程度を観察(朝・夕)
- 食事内容と摂取量の記録
- 毎食の摂取量を%で記録
- 間食や水分摂取量も含めて記録
- 血液検査データの評価
- BUN、Cr、K、Ca、P、Hb等の値を定期的にチェック
- eGFRの推移を観察
治療計画(TP)
- 生活習慣改善の支援
- B氏との面談を通じて、これまでの生活習慣を振り返る
- 改善可能な点を一緒に考え、具体的な目標を設定する
- 目標達成度を定期的に評価し、フィードバックを行う
- シャント管理と透析療法の支援
- シャントの観察方法を指導(毎日のスリル確認、発赤・腫脹のチェック)
- 透析中の注意点(穿刺部の圧迫、シャント肢の安静保持など)を説明
- 透析後の止血確認と圧迫方法を指導
- 自己測定の習慣化
- 家庭での血圧測定と体重測定の方法を指導
- 測定結果の記録方法と異常値の目安を説明
教育計画(EP)
- 慢性腎不全と透析療法に関する教育
- パンフレットやビデオを用いて、分かりやすく説明
- 質問時間を設け、B氏の理解度を確認しながら進める
- 食事療法の指導
- 管理栄養士と連携し、B氏の嗜好を考慮した食事プランを作成
- 塩分制限、カリウム制限、リン制限の重要性を説明
- 具体的な食品の選び方や調理方法を指導
- 服薬管理の指導
- 処方薬の効果と副作用について説明
- 服薬時間や注意点を分かりやすく伝える
- お薬手帳の活用方法を指導
- ストレス管理と生活の質の維持
- ストレス解消法について一緒に考える
- 趣味や社会活動の継続方法を検討
- 家族との時間の大切さを伝える
振り返りと今後の課題
B氏のケースを通じて、慢性腎不全患者の看護において以下の点が重要であることが再確認されました:
- 早期発見・早期介入の重要性
- 患者教育と自己管理支援の必要性
- 生活習慣改善への継続的なサポート
- 患者の心理面へのケア
- 家族を含めた包括的な支援
看護師として、患者の個別性を考慮しながら、エビデンスに基づいた看護ケアを提供することが求められます。また、慢性腎不全や透析療法に関する最新の知識を常にアップデートし、より質の高い看護を提供できるよう努める必要があります。
今後の課題としては、以下の点が挙げられます:
- 患者の行動変容を促す効果的なコミュニケーション技術の向上
- 多職種連携(医師、管理栄養士、薬剤師など)のさらなる強化
- 患者の社会生活や就労支援に関する知識の拡充
- 慢性腎不全患者の心理面のケアに関するスキルの向上
このケースを通じて学んだことを、今後の看護実践に活かしていくことが重要です。患者一人ひとりの生活背景や価値観を尊重しながら、その人らしい生活を支援していくことが、私たち看護師の大切な役割であることを忘れずに、日々の看護に取り組んでいきましょう。