看護学の発展において、ナンシー・ローパー(Nancy Roper, 1918-2004)の名前は欠かせない存在です。
イギリス出身の看護学者として、現代看護理論の基盤を築いた彼女の業績は、今日でも世界中の看護現場で活用されています。
ナンシー・ローパーの生涯と経歴
ナンシー・ローパーは1918年、イングランドのカンバーランド(現在のカンブリア州)で生まれました。
1950年以降、教育者として看護専門学校で15年間教員を務め、1960年代からは著述活動に専念するようになります。
エジンバラ大学で修士号を取得した後、チャーチル・リビングストン社との関係を深め、数多くの看護関連書籍を出版しました。
1974年から1978年まで、スコットランド家族・保健省で最初の看護研究専門官を務めたほか、WHO(世界保健機関)のヨーロッパ事務所でも研究活動を担当しました。
2004年10月5日、87歳でエジンバラにて逝去するまで、看護学の発展に生涯を捧げました。
ローパー・ローガン・ティアニーモデル(RLTモデル)とは
ナンシー・ローパーの最も重要な業績は、ウィニフレッド・ローガンとアリソン・J・ティアニーと共に開発した生活行動による看護モデルです。
このモデルは、三人の研究者の頭文字を取ってRLTモデルとも呼ばれています。
RLTモデルの特徴は、人間の生活行動を基盤として看護を捉える点にあります。
従来の疾患中心の看護アプローチとは異なり、人間の日常的な生活行動に焦点を当てることで、より包括的で人間中心の看護を実現しようとしました。
12の生活行動:看護実践の基盤
ローパー看護モデルの核心となるのが、12の生活行動です。
これらの行動は、人間が生涯を通じて行う基本的な活動として定義されています。
基本的生命維持活動
呼吸することは最も基本的な生命活動です。
看護師は患者の呼吸状態を継続的に観察し、必要に応じて呼吸を支援します。
飲食を採ることは栄養摂取の基本であり、患者の健康維持に不可欠です。
排泄する機能は、体内の老廃物を除去する重要な生理機能です。
体温の調節をすることは、生命維持に必要な恒常性の維持に関わります。
日常生活活動
清潔な身なりをし、衣服を身に着けることは、患者の尊厳と自己肯定感に深く関わります。
自分で動くことができることは、患者の自立性と生活の質に直結します。
睡眠をとることは、心身の回復と健康維持に不可欠です。
社会的・心理的活動
コミュニケーションをとることは、人間関係の構築と心理的健康に重要です。
仕事をし、余暇を楽しむことは、生活の充実感と社会参加に関わります。
自身を男性として、女性として意識し、そのように振舞うことは、アイデンティティの確立に関わります。
生存に関わる活動
安全な環境へ配慮することは、事故や感染の予防に不可欠です。
死ぬことも一つの生活行動として位置づけられている点が、ローパーモデルの特徴です。
ヘンダーソン看護理論との比較
ナンシー・ローパーの12の生活行動は、ヴァージニア・ヘンダーソンの14の基本的看護の構成要素と類似点を持っています。
しかし、ローパーのモデルには死ぬという行為が含まれており、生涯を通じた包括的な視点が特徴です。
ヘンダーソンのモデルが日常生活行動に焦点を当てているのに対し、ローパーのモデルは生涯にわたる生活行動として捉えています。
現代看護への影響と発展
ローパー看護モデルは、多くの看護研究者によって発展させられています。
モニカ・クローヴィンケル、リリアーネ・ユーヒリ、クリス・アドベルハルデンなどの研究者たちが、このモデルをより精緻なものに発展させました。
特にクローウィンケルとユーヒリの業績は、この理論をヨーロッパの看護界に広く紹介し、その評価を決定づけました。
生活行動に影響を与える要因
ローパー看護理論では、人間の生活行動が様々な要因によって影響を受けると考えています。
身体的要因、心理的要因、社会・文化的要因、環境的要因、政治的・経済的要因などが複合的に作用し、個人の看護・介護への依存性や自立性のレベルが決まるとされています。
これらの要因を総合的に評価することで、個別性のある看護計画を立案することができます。
看護教育における重要性
ナンシー・ローパーの看護モデルは、看護教育においても重要な位置を占めています。
看護学生が患者を理解し、適切な看護を提供するための基礎的な枠組みとして活用されています。
12の生活行動を通じて患者を包括的に理解することで、より質の高い看護を提供できるようになります。
実践現場での応用
ローパー看護モデルは、様々な看護実践現場で応用されています。
急性期医療から慢性期医療、在宅看護、精神科看護まで、幅広い領域で活用されています。
患者の生活行動を評価し、必要な支援を提供することで、患者中心の看護を実現できます。
急性期医療での活用
急性期病院では、12の生活行動を基盤とした看護アセスメントが重要です。
手術前後の患者において、呼吸状態の観察や体温調節、安全な環境への配慮は生命維持に直結します。
また、疾患により活動制限を受けた患者の自立性を評価し、適切な支援を提供することで、早期回復を促進できます。
慢性期医療・療養病棟での実践
慢性期医療では、患者の長期的な生活の質の向上が重要となります。
ローパー看護モデルの生活行動評価により、患者の残存機能を最大限に活用した看護計画を立案できます。
特に、自分で動くことができるという行動に焦点を当て、リハビリテーションと連携した看護を実施することで、患者の自立性維持を図ることができます。
在宅看護での重要性
在宅看護において、12の生活行動は患者の自宅での生活を支える重要な指標となります。
家族介護者と連携し、患者の日常生活動作の維持・向上を図ることで、住み慣れた環境での生活継続を支援できます。
コミュニケーションを取るという行動を通じて、患者と家族の関係性を改善し、介護負担の軽減にも寄与します。
精神科看護での応用
精神科看護では、患者の心理的・社会的側面に重点を置いた看護が必要です。
ローパー看護理論の生活行動評価により、患者の精神状態が日常生活にどのような影響を与えているかを包括的に評価できます。
自身を男性として、女性として意識し、そのように振舞うという行動は、患者のアイデンティティの回復に重要な役割を果たします。
看護過程における具体的な活用方法
ナンシー・ローパーの看護モデルを看護過程に組み込むことで、より体系的で効果的な看護を提供できます。
アセスメント段階での活用
12の生活行動を基盤としたアセスメントにより、患者の全体像を包括的に把握できます。
各生活行動における患者の自立性と依存性を評価し、個別的な看護問題を明確化します。
身体的、心理的、社会・文化的要因を総合的に分析することで、患者の真のニーズを把握できます。
看護計画立案での重要性
ローパー看護モデルに基づいた看護計画は、患者の生活行動の改善を目指します。
患者の強みを活かしながら、不足している部分を補完する看護介入を計画します。
長期目標と短期目標を設定し、患者の自立性向上を段階的に支援します。
実施・評価における効果
看護実施において、12の生活行動の視点から患者の反応を継続的に観察します。
介入効果を評価し、必要に応じて看護計画の修正を行います。
患者の生活行動の変化を通じて、看護の質と効果を客観的に評価できます。
国際的な影響と普及
ナンシー・ローパーの看護理論は、イギリスを中心として世界各国に普及しています。
ヨーロッパ諸国では、看護教育の基盤理論として広く採用されています。
アジア諸国においても、この理論に基づいた看護実践が行われており、国際的な看護の質向上に貢献しています。
看護研究における貢献
RLTモデルは、数多くの看護研究の理論的基盤として活用されています。
患者の生活行動と看護介入の関係性を明らかにする研究が世界各地で実施されています。
これらの研究成果により、看護実践の根拠となるエビデンスが蓄積されています。
他の看護理論との比較と統合
ローパー看護モデルは、他の主要な看護理論と比較して独自の特徴を持っています。
オレム看護理論との比較
ドロセア・オレムのセルフケア理論と比較すると、両者とも患者の自立性を重視しています。
しかし、ローパーのモデルは生活行動により具体的で、実践現場での応用がより容易です。
ロイ適応モデルとの関係
シスター・カリスタ・ロイの適応モデルとの比較では、環境への適応という観点で共通点があります。
ローパーのモデルは、日常的な生活行動を通じた適応過程をより詳細に説明しています。
現代医療における課題と対応
ナンシー・ローパーの看護理論は、現代医療が直面する様々な課題に対応する柔軟性を持っています。
高齢化社会への対応
高齢者の増加に伴い、12の生活行動の維持・向上がより重要となっています。
認知症患者においても、残存する生活行動に焦点を当てた看護により、生活の質の向上を図ることができます。
多文化社会への適応
外国人患者の増加により、文化的配慮が必要な場面が増えています。
ローパー看護モデルの社会・文化的要因を考慮した看護により、多様性に対応した看護を提供できます。
在宅医療の推進
在宅医療の推進により、患者の日常生活を支える看護の重要性が高まっています。
12の生活行動を基盤とした在宅看護により、患者の自立性を最大限に活用した支援が可能です。
看護教育への継続的な影響
ナンシー・ローパーの看護理論は、看護教育において継続的な影響を与えています。
看護学生が患者を理解し、適切な看護を提供するための基礎的な思考プロセスを育成します。
臨床実習において、学生は12の生活行動を通じて患者を包括的に理解し、看護実践能力を向上させます。
今後の展望と発展
ナンシー・ローパーの看護理論は、現代においても進化し続けています。
高齢化社会や多様化する医療ニーズに対応するため、新たな解釈や応用が模索されています。
人工知能技術の発達により、12の生活行動の評価をより精密に行うシステムの開発も期待されています。
テレヘルス技術の普及により、遠隔地の患者に対しても生活行動に基づいた看護支援が可能になります。
看護実践の質向上と患者の生活の質の向上を目指し、今後も重要な理論的基盤として活用され続けるでしょう。
まとめ
ナンシー・ローパーの12の生活行動による看護モデルは、現代看護学の重要な理論的基盤となっています。
人間の生活行動を中心とした包括的なアプローチにより、患者中心の看護を実現し、看護の質向上に大きく貢献しています。
RLTモデルとして知られるこの理論は、急性期から慢性期、在宅看護まで幅広い領域で活用されています。
国際的な普及と継続的な発展により、世界中の看護実践と教育において重要な役割を果たし続けています。
今後も変化する医療環境に適応しながら、患者の生活の質向上と看護の質向上に貢献し続けるでしょう。








