認知症は高齢化社会における重要な健康課題で、患者の尊厳を保ちながら包括的なケアを提供することが求められます。
今回は84歳女性のアルツハイマー型認知症患者を事例に、ヘンダーソン14項目を用いたアセスメント方法と個別性を重視した看護過程について詳しく解説していきます。
アルツハイマー型認知症の基礎知識
アルツハイマー型認知症は認知症の約60-70%を占める最も頻度の高い疾患です。
脳内のアミロイドβタンパクの蓄積とタウタンパクの異常により、神経細胞の変性・脱落が進行します。
初期には短期記憶障害から始まり、徐々に見当識障害、実行機能障害、言語機能障害が進行します。
中核症状に加えて、徘徊、興奮、抑うつなどの行動・心理症状（BPSD）が出現し、介護負担の増大をもたらします。
事例紹介：Aさんの生活歴と現状
今回検討する事例は、84歳女性のAさんです。
元小学校校長という高い教育歴と責任ある立場を経験し、几帳面で自立心の強い性格を持っています。
8年前の夫の死別と6年前の大腿骨骨折が転機となり、次男夫婦宅での生活が始まりました。
現在は中等度のアルツハイマー型認知症で、HDS-R16点、MMSE19点という認知機能レベルです。
家族関係は良好ですが、無断外出や同じ質問の繰り返しなど、典型的な認知症症状が現れています。
高齢期女性の特徴と認知症の影響
身体的・心理的特徴
84歳は後期高齢者で、複数の身体機能低下と慢性疾患を併存しやすい年代です。
女性の平均寿命に近い年齢で、身体的フレイルと認知機能低下の進行が課題となります。
長年培った生活習慣や価値観が強固で、環境変化への適応が困難になりやすい特徴があります。
社会的役割の変化
校長職という指導的立場から家庭主婦、そして要介護者への役割変化は大きな心理的負担となります。
自立心の強い性格と現在の依存的状況との間に生じるギャップが、行動・心理症状として現れる可能性があります。
ヘンダーソン14項目による包括的アセスメント
正常な呼吸
呼吸機能と全身状態の評価を行います。
入院時のバイタルサインは安定しており、呼吸数13回/分、SpO2 99%と正常範囲です。
認知症患者では呼吸困難の訴えが困難な場合があるため、観察による評価が重要です。
誤嚥リスクの評価と予防対策も重要な観察項目となります。
適切な栄養と水分摂取
認知機能低下による摂食行動への影響を評価します。
Aさんは甘いものを好むという嗜好がありますが、食事後に再度食事を求めるなど記憶障害の影響が見られます。
体重40kg（BMI16.6）は低栄養状態を示し、栄養状態の改善が急務です。
水分摂取不足も懸念され、脱水予防のための積極的な水分補給が必要です。
食事環境の工夫と嗜好を活かした食事提供により、栄養摂取の改善を図ります。
身体の老廃物の排泄
記憶障害による機能性失禁への対応が重要な課題です。
Aさんはトイレの位置を思い出せないため、機能性失禁の状態にあります。
トイレへの案内表示や定時誘導により、残存機能を活用した排泄支援を実施します。
自立心の強い性格を尊重し、可能な限り自力での排泄を支援する姿勢が重要です。
排便については緩下剤使用により2日に1回確保されていますが、腸音微弱のため継続的な観察が必要です。
体位の変換と良肢位の保持
大腿骨骨折術後と下肢筋力低下への対応が必要です。
転倒による膝打撲の既往があり、歩行時の安全確保が重要です。
リハビリテーションと日常生活動作の維持により、可能な限りの身体機能保持を目指します。
認知機能低下により転倒リスクが高いため、環境整備と見守り体制の強化が必要です。
睡眠と休息
認知症に伴う睡眠障害と昼夜逆転の予防が重要です。
夜間せん妄や徘徊などの行動・心理症状により、睡眠パターンが乱れやすくなります。
規則正しい生活リズムの維持と、日中の適度な活動により良質な睡眠を促進します。
環境調整と必要に応じた薬物療法により、安眠の確保を図ります。
適切な衣類の選択
自立心を尊重した衣類選択の支援が重要です。
几帳面な性格のAさんにとって、身だしなみは重要な要素です。
着脱しやすく、本人の好みに合った衣類の選択により、自尊心の維持を図ります。
季節感のある衣類選択により、見当識の維持にも貢献します。
体温の正常範囲での維持
体温調節機能と感染症リスクの評価を行います。
高齢者は体温調節機能が低下しており、環境温度の影響を受けやすくなります。
尿路感染症の既往があるため、発熱時の早期発見と対応が重要です。
適切な室温管理と衣類調整により、快適な環境を提供します。
身体の清潔と皮膚の保護
自立支援と安全性のバランスを重視したケアが必要です。
Aさんの自立心を尊重し、可能な部分は自分で行えるよう支援します。
入浴や清拭時は転倒リスクに注意し、安全な環境でのケア提供が重要です。
皮膚の観察により、褥瘡や皮膚トラブルの早期発見に努めます。
環境の危険因子の回避と他者への危害防止
認知症特有の安全管理が重要な課題です。
無断外出の既往があるため、徘徊防止対策と見守り体制の強化が必要です。
転倒防止のための環境整備と、薬剤や危険物品の適切な管理を実施します。
興奮時や混乱時の対応方法を統一し、安全で穏やかな環境作りを心がけます。
他者とのコミュニケーション
残存する社交性を活かしたコミュニケーション支援が重要です。
元校長という経歴を活かし、尊敬の念を持った接し方により自尊心を支えます。
話すことが好きという特性を活かし、回想法や傾聴により心理的安定を図ります。
家族との良好な関係を維持し、面会や交流の機会を積極的に提供します。
信仰
人生観と価値観の理解が重要です。
几帳面で責任感の強い性格は、長年の価値観に基づいています。
教育者としての誇りと責任感を理解し、尊重する姿勢が重要です。
人生の最終段階における尊厳の保持と、安らかな生活の実現を支援します。
生産的な仕事
役割の再構築と生きがいの発見を支援します。
家事へのこだわりという特徴を活かし、可能な範囲での家事参加を促進します。
小さな役割や責任を持てる活動により、有用感と達成感の提供を図ります。
能力に応じた活動への参加により、残存機能の維持と向上を目指します。
娯楽とレクリエーション
個別性を重視した活動の提供が重要です。
社交的な性格を活かし、他患者との交流や集団活動への参加を促進します。
甘いものが好きという嗜好を活かした楽しみの提供も効果的です。
音楽療法や回想法など、認知機能に適した活動を取り入れます。
学習と発見
残存する学習能力の活用と新たな発見の支援が重要です。
教育者としての知識と経験を活かせる場面を創出します。
新しい環境や状況への適応を段階的に支援し、混乱を最小限に抑えます。
家族への疾患理解と介護技術の教育も重要な要素です。
看護診断と看護計画
主要な看護診断
記憶障害：アルツハイマー型認知症に関連した日常生活機能の低下。
転倒リスク状態：認知機能低下と下肢筋力低下に関連した身体損傷の危険性。
栄養摂取不足：認知機能低下に関連した食事摂取量の減少。
社会的孤立リスク状態：環境変化と認知機能低下に関連した対人関係の変化。
看護目標と介入
短期目標として、安全な生活環境の確保、栄養状態の改善、基本的ニーズの充足を設定します。
長期目標として、残存機能の維持、QOLの向上、家族関係の維持を目指します。
個別性と尊厳を重視した個人中心ケアの提供により、最適なアウトカムを目指します。
家族支援と継続看護
次男夫婦への支援
認知症の理解促進と介護技術の習得を支援します。
介護負担の軽減と家族の健康管理についても配慮が必要です。
社会資源の活用と介護保険制度の適切な利用について情報提供を行います。
多職種連携
医師、看護師、介護福祉士、理学療法士、ソーシャルワーカー等の連携により包括的支援を提供します。
定期的なケアカンファレンスにより、統一したケア方針の共有を図ります。
まとめ
認知症患者の看護において、ヘンダーソン14項目を基盤とした包括的アセスメントは患者の全体像把握に極めて有効です。
患者の個別性、生活歴、価値観を理解し、残存機能を最大限に活用した自立支援が重要です。
尊厳を保ちながら安全で快適な生活を提供し、家族との良好な関係を維持することが看護師の重要な役割です。
認知症の進行に応じた段階的なケア提供により、患者と家族のQOL向上を目指します。
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