認知症患者の看護過程作成に悩んでいる看護学生の皆さん、こんにちは。
老年看護学における認知症患者の看護過程は、BPSD(行動・心理症状)への対応、家族介護者への支援、尊厳を保つケア、安全管理など、多面的なアセスメントが求められるため、多くの学生が難しく感じるテーマです。
本記事では、アルツハイマー型認知症で在宅療養中の高齢女性の架空事例を用いて、BPSD、家族の介護負担、訪問看護師としての関わり方などを具体的に解説します。
この記事を読むことで、認知症患者とその家族への看護の全体像が理解でき、実習記録作成の参考になるはずです。
事例紹介|アルツハイマー型認知症で在宅療養中の高齢女性
患者プロフィール
N氏、78歳女性、元洋裁教室の講師
診断名:アルツハイマー型認知症(中期)
既往歴:高血圧症
家族構成:長女夫婦と同居、夫は5年前に他界
発症の経緯と現在の状況
数年前から物忘れが目立ち始め、2年前にアルツハイマー型認知症と診断されました。
当初は軽度の記憶障害のみでしたが、徐々に症状が進行しています。
長女が仕事を続けながら介護をしており、訪問看護を利用しています。
現在の症状
【中核症状】
記憶障害:直近の出来事を忘れる、言葉が思い浮かばない
見当識障害:時々日付がわからなくなる
実行機能障害:以前は得意だった裁縫ができなくなった
【BPSD(行動・心理症状)】
情動面:不安、抑うつ、焦燥感、「だめになってしまった」という苦悩
行動異常:夜間に家を歩き回る、娘に怒鳴る
社会的交流の変化:デイケア通所拒否、人前での失敗を避ける、関心の喪失
その他:尿失禁あり、尿取りパッド使用拒否(羞恥心)
治療内容
チアプリド塩酸塩(グラマリール®):夜間の不穏に対して
高血圧の内服治療継続中
家族の状況
長女(50歳):フルタイムで働きながら介護
長女の義母(夫の母)も同居、介護が必要
長女の心情:母親の変化に戸惑い、介護と仕事の両立に悩む
BPSDの理解|行動・心理症状の具体例
BPSD(Behavioral and Psychological Symptoms of Dementia)とは、認知症の中核症状に伴って現れる行動面・心理面の症状です。
情動面の変化
不安、抑うつ、焦燥・興奮、恐怖、幸福感の喪失
N氏の場合:「だめになってしまった」「こんなふうになるなんて」という苦悩と焦燥感
知覚面の変化
幻覚、妄想
N氏には現時点で明らかな幻覚・妄想なし
行動異常
徘徊、反復行為、暴言・暴力、睡眠障害、性的逸脱行為
N氏の場合:夜間に家を歩き回る、娘に怒鳴る
社会的交流の変化
関心の喪失、他者との交流の減少、自己中心的な態度
N氏の場合:デイケア通所拒否、裁縫への意欲喪失、人前での失敗回避
N氏の心理状態の理解|苦悩と自尊心
N氏は記憶障害により言葉が思い浮かばず、「だめになってしまった」と感じています。
「こんなふうになるなんて」という発言から、自分の状況に対する苦悩が伺えます。
人前での失敗を避けたがっており、デイケア通所を断っています。
かつて得意であった裁縫に対する意欲も失われています(視力低下と失敗への恐れ)。
尿失禁があるにもかかわらず、尿取りパッド使用を拒否しています(羞恥心・自尊心)。
夜間には不安定な行動が見られ、娘からの注意に対して怒りを示します。
N氏の内心の理解
自分の状況への苦悩と焦燥感があります。
娘からの注意が自尊心を傷つけています。
認知症の典型的な症状である易怒性も関係しています。
元洋裁教室の講師としてのプライドと、現在の自分とのギャップに苦しんでいます。
家族介護者の心情理解|長女の葛藤
長女は母親の認知症の進行に驚き、別人のように変わった母親を受け入れることが難しいと感じています。
認知症が治らないと知りつつも、母親の状況が悪化しないように裁縫を勧めていますが、母親にやる気が見られません。
時折、わざと迷惑をかけようとしているのではないかと疑ってしまっています。
母親が長女の作った料理の味に文句を言ったり、「ひどい娘だ」と言ったりすることに悲しみを感じています。
義母からの励ましもありますが、嫁としての責任もあり、仕事もあるため、母親と義母の世話を両立させることが難しいと悩んでいます。
それでも、母親が一人で育ててくれたことや、家には母親の洋裁の腕で建てられた思い出が詰まっていることから、できれば母親をその家で看病したいと願っています。
家族介護者に起こりうる心情
驚きと悲しみ:家族の変化に戸惑う
受容の困難さ:これまでの姿から変わり果てた姿を受け入れられない
関係性の変化:支援や介護が必要となることへの戸惑い
将来への不安:症状悪化への不安、介護の継続可能性への不安
現実の受容の難しさ:治らない病気という事実を受け止める困難さ
訪問看護師としての家族への関わり方
訪問看護師として家族と関わる際の基本的なアプローチを解説します。
1. 傾聴と共感
長女の気持ちを理解し、共感を示すことから始めます。
N氏の認知症に伴う変化や対応の難しさについて話を聞き、ストレス軽減を目指します。
家族介護者が頑張りすぎて過労で倒れることはよくあることだと伝え、「自分だけではない」とわかってもらいます。
2. 情報提供と教育
認知症に関する情報や支援方法を説明し、適切なケアや対応ができるよう支援します。
BPSDなどの症状や行動に対する理解を深めるよう支援します。
3. 活動の提案
N氏が得意だった裁縫を楽しめるような簡単な作業を提案します。
他の趣味や関心を引き出せるような活動を提案します。
4. サポート体制の強化
家族向けの認知症ケア教育やサポートグループを紹介します。
介護負担軽減のために、地域のデイサービス、ショートステイ、訪問介護などの社会資源を紹介します。
5. 多職種連携
必要に応じて作業療法士や理学療法士などの専門家と連携します。
ケアマネージャーや地域の支援センターと連携します。
6. 相談窓口の提供
介護の苦労や困ったことがあればいつでも連絡ノートに書いたり、訪問看護師に相談するよう伝えます。
アルツハイマー病の進行段階とN氏の現状
アルツハイマー病の進行段階は以下のように分類されます。
初期(第1期)
記憶障害が顕著になる時期
軽度の物忘れ、日常生活はほぼ自立
中期(第2期)
徘徊や行動異常が現れる時期
セルフケアの障害、行動障害、精神症状
末期(第3期)
家族の名前が分からなくなり、言葉が通じず、ほぼ寝たきり状態
N氏の現状の判断
失禁などのセルフケアの障害が現れています。
夜間に家を歩き回る行動異常があります。
娘に怒鳴るなどの精神症状が出ています。
これらから、N氏はアルツハイマー病の中期にあると考えられます。
具体的な看護介入|問題別アプローチ
睡眠障害・夜間せん妄への対応
観察・記録
訪問時に、長女に連絡ノートへN氏の日々の睡眠の様子とチアプリド塩酸塩の服薬時間を記載してもらいます。
本人にも熟眠感が得られたかどうかを尋ねます。
生活リズムの調整
日中10分でもよいから日光を浴びるようN氏に促します。
裁縫教室の教え子にも協力をお願いし、訪ねた際には一緒に散歩をしてもらいます。
適度な運動や散歩を提案し、昼間の活動量を増やすことで夜間の睡眠の質を向上させます。
環境調整
寝室の環境を整え、遮光カーテンや適切な寝具を用意し、快適な睡眠をサポートします。
夜間に無意識に行動するN氏のために、家の中を安全に移動できるよう照明や通路を整備します。
その他の工夫
喉が渇いたときには、カフェインレスのコーヒーを飲むよう勧めます。
脱水予防として、1.5Lのポットを準備し、自分で飲むよう勧め、長女や訪ねてくる教え子にも声をかけてもらいます。
不安・抑うつへの対応
観察とアセスメント
N氏の見当識や実行能力、表情を観察し、認知症の進行状況と不安の程度を把握します。
コミュニケーションの工夫
看護師は必ずN氏の視界に入るようにし、ゆっくり考える時間と答える時間を作ります。
N氏の力になりたいことを伝えます。
非言語的ケア
表情がこわばっている際に、触れるケアを行い、リラックスできるケアを提供します。
社会的つながりの維持
N氏の交流や趣味に関心を示し、教え子や家族とのつながりや裁縫の楽しみを再確認してもらいます。
安全な環境整備
夜間の行動に対しては、安全な環境を整え、家族と連携して対応策を考えます。
自己肯定感の向上
N氏とのコミュニケーションを大切にし、自分の気持ちや考えを積極的に話す機会を作ります。
長女をはじめ、周囲にN氏のことを思いやる仲間がいることを伝えます。
N氏の過去の経験や成果を称え、自分にも価値があることを再認識してもらいます。
N氏が楽しめる趣味や興味を共有し、前向きな気持ちを持続させるための活動を提案します。
尿失禁・セルフケアへの対応
尊厳を保つアプローチ
N氏が落ち着いているときに、尿失禁に関わるケアグッズのパンフレットを渡します。
出産を経験した女性の多くが尿もれで悩みながら人に言えずに困っていることを伝えます。
いまは便利なものが出ているので、必要なときには声をかけてほしいと伝えます。
情報提供と選択の尊重
N氏に尿取りパッドやその他の排泄ケア製品の利点や使い方を説明します。
自分に合ったものを選択してもらいます。
プライバシーの尊重
プライバシーを尊重し、排泄時の介助やアドバイスを適切なタイミングで提供します。
N氏が安心して排泄の問題について話せる環境を整えます。
動機づけ
排泄のセルフケア能力が向上することで生活の質が向上し、自己評価や自信も高まることを伝えます。
達成感や自己効力感を得られるよう、小さな目標から始めて、達成感を感じてもらえる機会を増やします。
家族への支援
N氏が排泄の問題に対処できるよう、長女にも情報提供やサポート方法を指導します。
排泄の自立に向けた進捗を定期的に評価し、看護計画の見直しや改善を行います。
安全管理への対応
夜間せん妄の予防
服薬状況の確認、脱水予防、適切な刺激、睡眠リズムを整えるよう働きかけます。
転倒予防
室内の環境整備を行い、家具や散らかった物を適切に配置します。
夜間の照明を適切に整え、足元が見えやすい状態に保ちます。
N氏の居室やトイレまでの経路に手すりを取り付け、移動の安全性を向上させます。
火災予防
火の取り扱いに関して、家族と協力し、安全対策を講じます(例:ガスコンロの元栓にガードを設置)。
家族への指導
家族に対して、N氏の生活リズムや行動パターンを把握し、見守りや介助ができるようサポートします。
転倒の危険がある場面(入浴時など)での家族の介助や見守りを促します。
身体機能の維持
N氏の適度な運動を促し、筋力維持やバランス感覚の向上に努めます。
緊急時の対応
N氏に緊急時の対応方法(緊急連絡先や呼び出しボタンの使用方法)を教え、安全に対処できるよう支援します。
家族介護者への支援
介護負担の軽減
長女に対し、多くの介護者が頑張り過ぎて倒れている現状があることを伝えます。
介護の苦労や困ったことがあれば、いつでも連絡ノートに書いたり、相談するよう伝えます。
サポート体制の構築
介護者向けの情報提供やサポートグループを紹介し、悩みや相談を共有できる場を提供します。
ショートステイの利用を提案し、長女が一時的に休息を取れるようサポートします。
社会資源の活用
ケアマネージャーや地域の支援センターと連携し、介護保険制度を活用した社会資源について情報提供します。
ストレス管理
長女のストレス発散方法について一緒に考え、良さそうなものがあれば提案していきます。
介護技術の向上
介護技術の指導やアドバイスを行い、家族が自信を持って介護できるよう支援します。
セルフケアの重要性
家族介護者が自分のケアも大切であることを伝え、セルフケアの方法を提案します。
必要に応じて、心理的なケアやカウンセリングを受けられる機会を提案し、精神的なサポートを行います。
認知症の人との出会い・関係のつくり方
認知症の人との関わりには、特別な配慮とコミュニケーション技術が必要です。
基本的な姿勢
看護者自身の自己紹介から始め、安心できる関係を築きます。
「多少失敗しても自分をとがめない安心できる人」と相手から感じられるよう努めます。
非言語的コミュニケーション
言葉によるコミュニケーションが困難な場合は、手浴や足浴などの心地よいケアを通じて関わります。
技術の活用
相手を安心させる具体的な技術を用います。
精神症状と身体症状を把握するヘルスアセスメントの技術を用います。
表情の重要性
認知症の人は相手の表情を読み取る力が優れているため、看護者自身が豊かな表情でわかりやすいサインを送ることが重要です。
ストレングスの視点
患者の現在の力や望みに目を向けます。
家族介護者の思いを理解します。
介護保険サービスや社会資源を活用します。
実践例
表情豊かに話しかけ続けることで信頼関係を築きます。
不安そうに徘徊している際には、言葉ではなく手を握りマッサージを行うことで安心させます。
音楽好きな患者さんには、好きな曲を流し、歌ってもらうことで明るい表情を引き出します。
まとめ|認知症看護のポイント
認知症患者の看護では、中核症状とBPSDの理解、患者の尊厳を守るケア、家族介護者への支援、安全管理が重要な柱となります。
本事例のN氏のように、元洋裁教室の講師としてのプライドと現在の自分とのギャップに苦しむ患者には、過去の成果を認め、自尊心に配慮したケアが不可欠です。
また、家族介護者である長女のように、仕事と介護の両立、複数の介護対象を抱える家族には、社会資源の活用、レスパイトケアの提案、精神的サポートが重要です。
看護学生の皆さんは、このような架空事例を参考にしながら、実際の患者さんとその家族の個別性を大切にした看護過程を展開してください。
認知症看護は、その人らしさを尊重し、残存機能を活かしながら、安全で安心できる生活を支援することが看護の重要な役割となります。








