心的外傷後シンドロームリスク状態とは何か
心的外傷後シンドロームリスク状態とは、強烈なトラウマ体験(心的外傷体験)をした後に、心的外傷後ストレス障害(PTSD)をはじめとするさまざまな精神的・身体的な後遺症が生じるリスクが高まっている状態を指す看護診断のひとつです。
トラウマ体験とは、その人にとって命の危機を感じるような出来事・自分や他者が傷つく場面を目撃する体験・性被害・自然災害・重大な事故など、通常の人間の対処能力を超えるような強烈な体験のことを指します。
心的外傷後シンドロームリスク状態は、トラウマ体験の後にすでに症状が出ている状態ではなく、そのリスクが高い状態に対して予防的に介入するための看護診断です。
トラウマ体験をした人のすべてが心的外傷後ストレス障害を発症するわけではありませんが、適切なサポートが得られない状況ではリスクが高まります。
医療の現場においても、重篤な疾患の告知・予期せぬ手術・心肺蘇生術の経験・ICU(集中治療室)への入室・性暴力被害・虐待など、トラウマ体験につながりうる状況は少なくありません。
看護師が患者さんのトラウマ体験の影響に早期に気づき、適切な支援につなぐことが、長期的な心理的後遺症を防ぐうえで大切な役割を担っています。
心的外傷後ストレス障害とはどのような状態か
心的外傷後シンドロームリスク状態を理解するうえで、心的外傷後ストレス障害(PTSD)についての基本的な知識をもつことが大切です。
心的外傷後ストレス障害は、トラウマ体験の後に生じる精神的な障害であり、以下のような症状が特徴です。
**再体験症状(フラッシュバック)**は、トラウマ体験の記憶が突然・生々しくよみがえる状態です。
まるでその出来事がもう一度起きているかのような感覚・悪夢・つらい記憶が繰り返しよみがえるなどの形で現れます。
回避症状は、トラウマ体験を思い起こさせる場所・人・物・状況を意識的・無意識的に避けようとする状態です。
病院に行くことができなくなる・特定の場所を通れなくなるなどが例として挙げられます。
過覚醒症状は、常に警戒状態が続き、些細な刺激に過剰に反応する状態です。
眠れない・物音に敏感になる・集中力が低下する・些細なことで激しく驚くなどが見られます。
認知と気分の変化として、自分や世界に対する否定的な信念・罪悪感・恥の感情・他者への不信感・喜びを感じにくくなることなどが生じます。
これらの症状が1か月以上続き、日常生活に支障をきたしている場合に心的外傷後ストレス障害と診断されます。
どのような状況でリスクが高まるのか
心的外傷後シンドロームリスク状態のリスクは、以下のような状況で高まるとされています。
トラウマ体験の性質として、体験の強度が高いほど・長期間続くほど・他者による意図的な行為(暴力・虐待・性被害など)であるほど、後遺症のリスクが高くなります。
ICUへの入室経験は、心的外傷後ストレス障害のリスクが高い体験のひとつとして知られています。
人工呼吸器の装着・身体拘束・強い痛み・死の恐怖・時間感覚の喪失など、ICUでの体験は患者さんにとって強烈なトラウマになることがあります。
交通事故・自然災害・火災など、突然の生命の危機を経験した場合もリスクが高まります。
性暴力・家庭内暴力・虐待などの体験は、特にリスクが高い状況です。
重篤な疾患の診断・予後告知・大きな手術の経験なども、患者さんによってはトラウマ体験として受け止められることがあります。
個人の要因として、過去にトラウマ体験がある・精神疾患の既往がある・社会的なサポートが乏しい・解離症状が出やすいなどの背景がある場合、リスクがより高くなります。
体験後の環境要因として、適切なサポートが得られない・孤立している・体験について話せる場がないなどの状況がリスクを高めます。
アセスメントのポイント
心的外傷後シンドロームリスク状態の看護計画を立てるにあたり、患者さんの状況を丁寧にアセスメントすることが出発点です。
まず、患者さんが経験したトラウマ体験の内容と程度を把握します。
ただし、トラウマ体験の詳細を無理に聴き出すことは、再体験症状を引き起こすリスクがあるため、患者さんのペースを最優先にした関わりが必要です。
トラウマ体験後の精神的な反応を評価します。
睡眠の乱れ・悪夢・フラッシュバックのような体験・特定の場所や状況への回避・過度の警戒状態・感情の麻痺・突然の激しい怒りや涙などのサインを確認します。
過去のトラウマ体験の有無を把握します。
過去に同様の体験がある場合、その時の対処方法と回復の経過が、今回の支援の参考になります。
社会的なサポートの状況を評価します。
信頼できる人間関係があるか・体験について話せる相手がいるか・孤立していないかを確認します。
精神的な健康状態を評価します。
以前からの精神疾患の既往・現在の抑うつや不安の程度・自傷・希死念慮がないかを確認します。
患者さんが体験についてどのように意味づけているかを把握します。
「自分のせいだ」「もう誰も信じられない」「世界は安全ではない」などの否定的な信念が強い場合は、専門的な介入が必要なサインとして受け止めます。
看護目標
長期目標
患者さんがトラウマ体験の後も、安心感を取り戻しながら日常生活を送ることができ、心的外傷後ストレス障害をはじめとする心理的後遺症の発症を防ぐことができる
短期目標
今感じている不安・恐怖・睡眠の乱れなど、体験後に生じている変化を看護師に言葉で伝えることができる
安心できる環境の中で、自分を落ち着かせるための方法を一つ実践することができる
必要な専門的サポートにつながることへの理解をもち、相談窓口を一つ知ることができる
具体的な看護計画
観察計画
患者さんの精神的な状態を日々観察します。
睡眠状況・悪夢の有無・日中のフラッシュバック様の体験・過度の警戒状態・突然の感情の変化などを確認します。
身体症状を観察します。
頭痛・動悸・発汗・呼吸の変化・消化器症状など、トラウマ反応が身体に現れていないかを確認します。
患者さんの言動から、回避行動のサインを観察します。
特定の話題になると急に黙り込む・特定の場所に行くことを強く嫌がる・トラウマ体験に関連する物や人を避けているなどの様子を確認します。
患者さんの対人関係の状態を観察します。
他者との交流が急に減った・信頼関係をもちにくくなっている様子がないかを確認します。
解離症状のサインを観察します。
「現実感がない」「自分が自分でないような感じがする」「記憶が飛んでいる」などの訴えは、解離症状のサインとして受け止め、速やかに精神科医や公認心理師に相談します。
治療や処置への反応を観察します。
特定の処置や場面で急に強い恐怖や拒絶反応が出る場合、その処置や場面がトラウマ体験と関連している可能性があります。
精神科的な危機のサインを観察します。
自傷行為・希死念慮・自殺について語る言葉は、緊急性の高いサインとして速やかに対応します。
ケア計画
まず、安心・安全な環境をつくることを最優先にします。
トラウマを経験した患者さんにとって、「今ここは安全だ」という感覚を取り戻すことが回復の基盤となります。
穏やかな口調・ゆっくりとした動作・処置の前の丁寧な説明・プライバシーへの配慮など、患者さんが安心できる環境を意識的に整えます。
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トラウマインフォームドケアの視点をもって関わります。
トラウマインフォームドケアとは、「この人は何が問題なのか」ではなく「この人には何が起きたのか」という視点で関わることを意味しています。
患者さんの言動の背景にトラウマ体験があることを理解し、批判・評価・急かすことなく関わります。
患者さんが話すことを選択した場合は、安全に話せる場と時間を確保します。
トラウマ体験の詳細を無理に聴き出すことは避け、患者さんが話せる範囲で話してもらうことを尊重します。
「話したくなったときに話してください。聴く準備はいつでもできています」という姿勢を示すことが大切です。
グラウンディング技法(今ここに意識を向けることで安心感を取り戻す方法)を紹介します。
深呼吸・五感を使った周囲の確認(今見えるものを5つ言う・聞こえる音を4つ確認するなど)・足裏の感覚に意識を向けるなど、患者さんが実践できる簡単な方法を一緒に試します。
社会的なつながりを保てるよう支援します。
孤立はトラウマ後の回復を妨げる大きな要因です。
家族・友人・医療者との関係が続けられるよう、環境を整えます。
精神科医・公認心理師・精神保健福祉士など専門職への早めのつなぎを行います。
心的外傷後ストレス障害の発症リスクが高いと判断される場合は、早期の専門的評価と介入が後遺症を防ぐうえで重要です。
「専門家に相談することは弱さではなく、自分を守るための大切な行動です」というメッセージを具体的な言葉で伝えます。
睡眠の確保を支援します。
睡眠の乱れはトラウマ反応の悪化と深く結びついているため、睡眠環境の整備・就寝前のリラクゼーション方法の提案・必要に応じた医師への睡眠薬の検討依頼などを行います。
患者さんの強みと回復力を言葉で伝えます。
「あれだけのことがあったのに、今こうして話してくださっています」「その経験をしながらも、ここまで来られています」という言葉が、患者さん自身の回復力への気づきにつながります。
教育・指導計画
トラウマ体験後に生じる反応について、患者さんにわかりやすく説明します。
「強烈な体験の後に眠れない・フラッシュバックが起きる・警戒心が高まるのは、あなたの心と体が体験に対して自然に反応している状態です。あなたがおかしいのではありません」というメッセージが、患者さんの自己否定感を和らげます。
回復には時間がかかることを伝えます。
「すぐに元通りにならなくてよい」「回復はゆっくりでよい」というメッセージを、焦らせることなく伝えます。
グラウンディング技法などのセルフケアの方法を具体的に説明します。
患者さんが日常の中で実践できるセルフケアの方法を一緒に考え、練習します。
症状が悪化したときの対処方法と相談先について説明します。
フラッシュバックが強くなったとき・眠れない日が続くとき・自傷したい気持ちが出てきたときの対処法と、相談できる窓口について具体的にお伝えします。
心的外傷後ストレス障害の治療方法についての基本的な情報を提供します。
持続エクスポージャー療法・眼球運動による脱感作と再処理法(EMDR)などの治療法が有効であることが知られており、専門機関での治療が可能であることをお伝えします。
ただし、治療の詳細については専門医が説明するべき内容であるため、看護師からは「専門的な治療で回復できる可能性があります」という希望をもてる情報を伝えることを心がけます。
家族への心理教育も行います。
トラウマ体験後の反応についての正しい理解・患者さんへの関わり方・家族自身のセルフケアの大切さについて、わかりやすく伝えます。
ICU後症候群への対応
ICUを経験した患者さんは、心的外傷後シンドロームリスク状態に置かれやすいことが知られています。
ICUでの体験は、身体的な苦痛・身動きのとれない状態・自分の状況がわからないことへの恐怖・幻覚様体験(せん妄による)など、強烈なものになることがあります。
ICUを退室した後も、ICU体験に関連した悪夢・フラッシュバック・回避行動が続く患者さんへの継続した観察と支援が大切です。
ICU日記(ICU入室中の出来事を医療者や家族が記録したもの)の活用が、患者さんが体験を整理するうえで役立つことがあります。
ICUを経験した患者さんへのフォローアップ外来(ICU後外来)を設けている医療機関もあり、心身の回復を継続して支援する取り組みが広まっています。
性暴力被害を受けた患者さんへの支援
性暴力被害を受けた患者さんへの支援は、特に丁寧で慎重な関わりが求められます。
まず最も大切なのは「あなたは何も悪くない」というメッセージを言葉と態度で伝えることです。
性暴力被害を受けた患者さんは、自己嫌悪・罪悪感・恥の感情を強く抱えていることが多く、その感情に寄り添うことが支援の土台となります。
診察や処置の際は、患者さんの同意を丁寧に確認しながら進め、性別や経験に関する配慮を最大限に行います。
性暴力救援センター(SACOSS・各都道府県の相談窓口)への情報提供と、必要に応じた連携を行います。
二次被害(支援者からの心ない言葉や態度によって患者さんがさらに傷つくこと)を防ぐことが、この領域の支援において特に大切です。
子どものトラウマへの支援
子どもがトラウマ体験をした場合、大人とは異なる形で症状が現れることがあります。
退行(できていたことができなくなる・赤ちゃん返りなど)・遊びの中でトラウマを再現する・身体症状として現れるなどが子どもに見られやすい反応です。
子どもへの支援では、安全な環境と信頼できる大人との関係が回復の基盤となります。
保護者への心理教育も欠かせません。
子どものトラウマ反応を正しく理解し、どのように関わればよいかについての情報を提供します。
小児精神科・スクールカウンセラー・児童相談所など、子ども専門の支援機関との連携を早めに行います。
多職種連携の重要性
心的外傷後シンドロームリスク状態への支援は、看護師だけで担うものではありません。
精神科医・公認心理師・精神保健福祉士・医療ソーシャルワーカー・主治医・看護師が連携して患者さんを支えることが、長期的な後遺症を防ぐうえで欠かせません。
カンファレンスで患者さんの状態を共有し、支援の方針を多職種で統一します。
患者さんの個人情報やトラウマ体験の内容は、非常に繊細な情報であるため、情報共有の範囲と方法については患者さんの同意を得ながら慎重に行います。
退院後も継続した支援が受けられるよう、地域の精神科・心療内科・精神保健福祉センターなどとの連携を入院中から始めることが大切です。
まとめ
心的外傷後シンドロームリスク状態の看護計画は、トラウマ体験の後に心理的後遺症が生じるリスクを早期に把握し、患者さんが安心を取り戻しながら回復できるよう支えるための看護の方向性を示すものです。
トラウマ体験の後に生じる反応は、異常なことではなく、極度のストレスに対する人間の自然な反応です。
その反応に寄り添い、患者さんが「自分はおかしくない」「ここは安全だ」という感覚を取り戻せるよう支えることが、看護師の大切な役割です。
心的外傷後シンドロームリスク状態の看護計画は、トラウマを経験した患者さんが、その体験に押しつぶされることなく、その人らしい回復の道を歩めるよう、看護師が安全な存在として隣に立ち続けることを意味しています。
患者さんの小さなサインを見逃さず、安全な環境をつくり、必要な支援につなぐことが、この看護計画の実践の中心です。
トラウマを抱える患者さんに関わるとき、看護師自身も大きな感情的負荷を受けることがあります。
看護師自身も適切なサポートを受けながら関わり続けることが、患者さんへの継続した支援の土台となることも、忘れずにいてください。








