「赤ちゃんがうまく吸えているのか分からない」「母乳が出ているのかどうか全然自信がない」「乳首が痛くて、授乳のたびに怖くなってきた」——こうした言葉を、産後の病棟でお母さんから聞いたことはないでしょうか。
母乳育児は、母子にとって多くの利点があることが医学的に明らかになっています。
赤ちゃんへの免疫物質の提供、消化器系の発達の促進、母子の愛着形成、母親のホルモンバランスの安定——これらはほんの一部です。
しかし、母乳育児は「自然だからうまくいくはず」というイメージとは裏腹に、多くのお母さんが困難を感じる過程でもあります。
適切な支援が受けられなければ、母乳育児が早期に中断されてしまうケースは少なくありません。
この状態は看護診断において母乳育児不良リスク状態と呼ばれ、現時点では母乳育児が成立しているものの、今後困難が生じるリスクがある状態として定義されています。
今回は、この看護診断の概要から看護計画の立案まで、産科・母性看護に携わる方に向けて、臨床で活用できる内容を詳しくまとめました。
母乳育児不良リスク状態とはどういう状態か
母乳育児不良リスク状態とは、現時点では母乳育児に明らかな問題が起きているわけではないものの、今後母乳育児の継続が困難になるリスクが高い状態のことです。
実際に母乳育児が困難になっている状態(母乳育児の中断など)とは区別されますが、リスクを早期に捉えて予防的なケアを行うことで、お母さんと赤ちゃんが希望する母乳育児を続けられるよう支援することがこの診断の目的です。
NANDA-Iでは、母乳育児不良リスク状態を「母親、乳児、または子どもが母乳育児から得られる利益を損なうリスクがある状態」として定義しています。
たとえば、次のような状況が母乳育児不良リスク状態に当てはまります。
初産婦で授乳の経験がなく、授乳姿勢や含ませ方が定まっていない方。
乳頭の形態的な問題(扁平乳頭・陥没乳頭)があり、赤ちゃんがうまく吸着できていない方。
乳房の張りが強く、乳腺炎のリスクが高い状態にある方。
赤ちゃんが早産や低出生体重で吸啜力が弱く、直接授乳が難しい場合。
お母さんが強い疲労感や産後うつの傾向があり、授乳への意欲が低下している方。
仕事復帰の時期が近く、授乳の継続に不安を感じている方。
なぜこの看護診断が重要なのか
世界保健機関(WHO)とユニセフは、生後6ヶ月間の完全母乳育児と、2歳以上までの母乳育児の継続を推奨しています。
しかし日本の調査では、産後1ヶ月時点での完全母乳育児の割合は約50%前後にとどまっており、多くのお母さんが早期に母乳育児を断念している現状があります。
母乳育児の早期中断の背景には、乳頭痛、母乳不足感(実際には足りているのに足りないと感じること)、授乳姿勢・含ませ方の問題、睡眠不足による疲弊、家族や周囲からの支援の不足など、様々な要因があります。
これらの多くは、適切な情報提供と技術的な支援があれば解決できる問題です。
看護師は産後の入院中から退院後まで、お母さんの母乳育児を最も近くで支援できる立場にあります。
母乳育児不良リスク状態を早期に察知し、個別の状況に合った支援を行うことが、母乳育児の継続につながります。
関連因子とリスク因子を整理する
母乳育児不良リスク状態に関わる因子はいくつかに分類できます。
お母さん側の因子として、初産婦(授乳の経験がない)、乳頭の形態的な問題(扁平乳頭・陥没乳頭・大きすぎる乳頭)、乳房の問題(過度な緊満・乳腺炎の既往)、帝王切開後の疼痛と活動制限、産後うつや強い疲労感、授乳に対する不安や自信のなさ、母乳育児に関する知識の不足が挙げられます。
赤ちゃん側の因子として、早産・低出生体重(吸啜力の弱さ)、舌小帯短縮症(ぜつしょうたいたんしゅくしょう)による吸啜困難、医療的な理由による母子分離、哺乳瓶や人工乳首の早期使用による乳頭混乱が関わります。
社会・環境的な因子として、家族からの母乳育児への支援の少なさ、早期の職場復帰、授乳できる環境の不整備、母乳育児に関する誤った情報や周囲からのプレッシャーが挙げられます。
医療的な因子として、産後の母子分離(新生児集中治療室への入院など)、お母さんの服薬(母乳移行が問題になる薬剤)、授乳開始の遅れ、補足哺乳(ほそくほにゅう)の過剰使用が関わります。
看護目標を設定する
長期目標
お母さんが自信を持って授乳を行えるようになり、赤ちゃんの栄養と発育に必要な母乳を、希望する期間継続して提供できる。
短期目標
授乳姿勢と赤ちゃんの正しい含ませ方(ラッチオン)を習得し、授乳時の乳頭痛なく授乳を行うことができる。
母乳が出ているサイン(赤ちゃんの体重増加・排泄回数・哺乳後の満足した様子)について理解し、自分の言葉で説明することができる。
授乳に関して困ったことや不安なことが生じたとき、看護師や助産師に相談する行動をとることができる。
観察計画(オーピー)
母乳育児不良リスク状態を把握するためには、お母さんの乳房の状態、授乳の様子、赤ちゃんの栄養・発育状態を継続的に観察することが必要です。
授乳の様子の観察として、授乳姿勢(縦抱き・横抱き・フットボール抱きなど)が適切か、赤ちゃんの口が乳輪まで深く含めているか(ラッチオン)、吸啜・嚥下のリズムが規則的かを確認します。
授乳中のお母さんの表情(痛がっていないか)、授乳時間(短すぎる・長すぎる)、授乳後の赤ちゃんの満足感も観察します。
乳頭・乳房の状態の観察として、乳頭の形態(扁平・陥没の有無)、乳頭の損傷(亀裂・びらん・出血)、乳房の緊満の程度、乳管開口の有無(乳汁が出てくる穴の数)、硬結(しこり)・発赤・熱感・疼痛(乳腺炎のサイン)を確認します。
母乳分泌の状態の観察として、授乳後や搾乳後に乳汁が出るかどうか、乳汁の色(初乳・移行乳・成熟乳の変化)、分泌量の変化を把握します。
授乳後の乳房の軟らかさ(乳汁が十分に排出されたサイン)も観察します。
赤ちゃんの栄養・発育状態の観察として、体重の変化(出生後の生理的体重減少の範囲内か、回復が進んでいるか)、授乳回数(24時間で8〜12回が目安)、排泄状況(尿の回数:1日6回以上が目安、便の回数と色)、赤ちゃんの機嫌と活気を確認します。
お母さんの心理状態の観察として、授乳に対する不安・自信のなさ・疲労感、「母乳が足りないのではないか」という不安(母乳不足感)の有無、産後うつのサイン(気分の落ち込み、涙もろさ、意欲の低下)を把握します。
知識・情報の観察として、お母さんが母乳育児についてどのような知識を持っているか、周囲から誤った情報を受けていないかを確認します。
「母乳は3時間おきにあげなければいけない」「ミルクを足さないと赤ちゃんが足りない」などの誤解が授乳継続の妨げになっていることがあります。
ケア計画(ティーピー)
ケア計画では、お母さんが授乳技術を習得しながら、母乳育児への自信を育てられるよう支援することを中心に考えます。
まず、お母さんの気持ちと状況をそのまま受け止めることから始めます。
「うまくできなくて当然です。一緒に練習しましょう」という姿勢で関わります。
「母乳で育てなければならない」というプレッシャーを与えるのではなく、お母さんが希望する授乳方法を尊重しながら支援することが大切です。
授乳姿勢とラッチオンの指導を丁寧に行います。
授乳のたびに姿勢を確認し、必要に応じてクッションや枕を使った姿勢の調整を行います。
赤ちゃんの口が乳輪まで深く含めているかどうかを確認し、浅い吸着(乳頭のみを吸っている状態)は乳頭痛の主な原因になるため、早めに修正します。
「口を大きく開けたところで引き寄せる」というタイミングを、実際の授乳場面で一緒に練習します。
乳頭痛のある場合は、その原因を評価し対処します。
吸着不良が原因の場合は授乳姿勢・含ませ方の修正を行います。
乳頭に亀裂がある場合は、授乳後に母乳を少量塗布して乾燥させる方法、ラノリンクリームの使用、乳頭保護器(乳頭に痛みがある場合のシリコン製カバー)の一時的な使用を検討します。
痛みが強く授乳継続が困難な場合は、搾乳に切り替えながら乳頭の回復を待つ方法も選択肢として提示します。
母乳分泌を促進するための支援を行います。


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頻回授乳(24時間で8〜12回)を促します。
母乳は需要と供給の原則で分泌が調整されるため、赤ちゃんが飲むほど分泌が増えることを説明します。
乳房マッサージ(授乳前の乳房温罨法と軽いマッサージ)の方法を指導します。
母子同室と赤ちゃんのサインに合わせた授乳(自律授乳)を促します。
補足哺乳(ミルクの追加)の必要性については、赤ちゃんの体重減少率や医学的な適応を根拠に判断し、安易な補足は母乳分泌を低下させる可能性があることを念頭に置きます。
乳房緊満(乳房が張って硬くなる状態)への対応を行います。
授乳前に少量搾乳して乳輪を軟らかくすることで赤ちゃんが吸いやすくなります。
授乳間隔が開きすぎた場合は搾乳を行い、乳汁の停滞を防ぎます。
乳腺炎のサイン(乳房の一部の硬結・発赤・熱感・疼痛・発熱)が見られる場合は、担当医・助産師への報告と適切な対処を速やかに行います。
母子分離がある場合(NICUへの入院など)の搾乳支援を行います。
搾乳器の使い方を指導し、3時間ごとの定期的な搾乳を促します。
搾乳した母乳は適切な方法で保存し、赤ちゃんに届けられるよう支援します。
「直接授乳ができなくても、搾乳することで赤ちゃんに母乳を届けられます」というメッセージが、お母さんの意欲の維持につながります。
助産師・母乳外来・ラクテーション・コンサルタントへの橋渡しを行います。
授乳困難が続く場合や乳腺炎が疑われる場合には、専門職への早めの相談を促します。
退院後も母乳外来や助産師の訪問相談を利用できることを伝えます。
教育計画(イーピー)
教育計画では、お母さんと家族が母乳育児について正しく理解し、自信を持って授乳を続けられるよう支援します。
お母さんに対して、母乳の分泌の仕組みを分かりやすく説明します。
「母乳は赤ちゃんが吸うことで分泌が促されます。最初のうちは量が少なくても、赤ちゃんに吸わせ続けることで分泌が増えていきます」という説明が、お母さんの「母乳が足りないかも」という不安を和らげます。
母乳が足りているサインを具体的に伝えます。
赤ちゃんが24時間に6回以上おしっこをしている、生後3〜4日以降は黄色い便が出ている、生後10〜14日以内に出生体重に戻っている、授乳後に赤ちゃんが満足した様子でいる——これらが母乳が十分に出ているサインであることを伝えます。
「泣く=母乳不足」ではないことも説明します。
赤ちゃんは空腹以外にも様々な理由で泣くことを伝え、泣くたびにミルクを足す必要はないことを説明します。
授乳の頻度について正しい情報を提供します。
「新生児期は24時間で8〜12回授乳するのが目安です。夜間も授乳が必要です」という情報と、「3時間ごとに決まった時間にあげる必要はなく、赤ちゃんが欲しがるサインを見せたら授乳してください」という自律授乳の考え方を伝えます。
乳頭痛を防ぐための正しい含ませ方について繰り返し指導します。
「乳頭だけでなく乳輪まで深く含ませることが大切です。浅い吸い方は乳頭を傷つける原因になります」という説明と、正しい吸着の見分け方(赤ちゃんの唇が外側に開いている、下唇が乳輪を深く含んでいるなど)を伝えます。
乳腺炎の予防と早期発見について説明します。
「乳房に硬いしこりができた、赤くなった、発熱してきたという場合は乳腺炎の可能性があります。早めに授乳または搾乳を続け、改善しない場合はすぐに相談してください」という情報が、重症化の予防につながります。
仕事復帰後の母乳育児継続の方法について情報を提供します。
職場での搾乳の方法、搾乳した母乳の保存と使い方(冷蔵保存は24〜48時間、冷凍保存は2〜6ヶ月が目安)、搾乳器の選び方など、職場復帰後も授乳を続けたいお母さんに具体的な情報を提供します。
家族に対しては、母乳育児へのサポートの仕方を具体的に伝えます。
「授乳中のお母さんに水分補給のサポートをする、夜間授乳後に赤ちゃんをゲップさせるなど、授乳以外の部分でサポートしてあげてください」という具体的な関わり方を提案します。
「母乳が足りないからミルクを足したほうがいい」という根拠のないアドバイスが母乳育児の継続を妨げることがあることも、家族に伝えておきます。
退院後に利用できる支援資源を紹介します。
病院の母乳外来、助産師による訪問相談、地域の母乳相談窓口、母乳育児支援グループ(ラ・レーチェ・リーグなど)の情報を具体的に提供します。
「困ったことがあれば一人で悩まないで相談してください」というメッセージが、お母さんが支援を求めやすくする助けになります。
臨床でよく見られる場面と対応のポイント
初産婦の場合では、授乳の経験がなく、すべてが初めての経験です。
「うまくできなくて当然です。一緒に練習しましょう」という姿勢で関わり、毎回の授乳を観察しながら少しずつ技術が身につくよう支援します。
産後2〜3日は乳汁分泌が増える移行期であり、この時期を乗り越えるための支援が特に大切です。
扁平・陥没乳頭のある場合では、直接授乳が難しいことがあります。
乳頭保護器の一時的な使用や、搾乳して哺乳瓶で届ける方法、乳頭をつまんで引き出す手技など、状況に合わせた方法を助産師と連携して支援します。
「諦めなくてもいい方法がある」という希望を持てるよう関わります。
帝王切開後の場合では、疼痛と活動制限から授乳姿勢の工夫が必要です。
フットボール抱きや横向き授乳(サイドライイング)など、創部に圧迫がかかりにくい姿勢を提案します。
術後の鎮痛薬の使用と授乳については、担当医・薬剤師と連携して情報を提供します。
早産児の場合では、直接授乳が困難な時期が続くことがあります。
お母さんに定期的な搾乳を続けてもらい、分泌を維持する支援を行います。
赤ちゃんの状態が安定してきたら、直接授乳の練習を段階的に開始します。
産後うつの傾向があるお母さんでは、授乳への意欲の低下が生じやすいです。
「母乳で育てなければならない」というプレッシャーを与えず、お母さんの気持ちを最優先に考えながら、授乳の継続が難しい場合は混合栄養や人工乳への切り替えについても中立的に情報を提供します。
まとめ
母乳育児不良リスク状態は、産後の多くのお母さんに関わる可能性がある看護診断です。
母乳育児を続けることへの困難や不安は、意志の弱さや愛情の問題ではなく、技術的・身体的・心理的な様々な要因が重なって生じるものです。
看護師として、お母さんの頑張りをそのまま認め、「一緒に解決しましょう」という姿勢で関わることが、母乳育児継続の最大の支えになります。
観察、ケア、教育の三つの柱をバランスよく組み合わせながら、お母さんと赤ちゃんが希望する授乳の形を実現できるよう、継続的な視点で関わり続けることが大切です。
看護計画はお母さんと赤ちゃんの状態の変化に合わせて柔軟に見直しながら、その家族らしい授乳スタイルの確立を支える支援を続けていきましょう。








