手術部位感染リスク状態とは何か
手術部位感染リスク状態とは、手術を受けた患者さんの創部に細菌が侵入・増殖し、感染が生じるリスクが高まっている状態を指す看護診断のひとつです。
手術部位感染とは、手術操作が加えられた部位に生じる感染のことを指し、切開創に生じる表層感染・筋膜下組織に及ぶ深部感染・臓器・体腔に生じる臓器感染の3種類に分類されます。
手術部位感染は、術後合併症の中で最も頻度の高いもののひとつであり、患者さんの回復を大きく遅らせ・入院期間を延長させ・医療費を増大させ・重篤な場合には敗血症など生命を脅かす状態につながることがあります。
手術部位感染リスク状態の看護計画が大切にしているのは、感染が生じてから対応するのではなく、感染が起こる前の段階から予防的に介入し、患者さんの創部を守るという視点です。
日本病院感染対策協議会のガイドラインや米国疾病予防管理センターのガイドラインに基づいた感染予防策を実践することが、手術部位感染のリスクを下げるうえで重要です。
看護師は手術前・手術中・手術後のすべての段階において、感染予防のための適切なケアを実践する役割を担っています。
手術部位感染が生じやすい状況とリスク因子
手術部位感染のリスクは、患者さん側の要因と手術・医療環境に関わる要因の両方から高まります。
患者さん側のリスク因子として、糖尿病は最も重要なリスク因子のひとつです。
高血糖状態では白血球の機能が低下し・創傷治癒が遅延し・細菌の増殖が促進されるため、感染リスクが高くなります。
肥満も重要なリスク因子です。
脂肪組織は血流が少なく・酸素供給が乏しいため、感染に対する抵抗力が低下します。
また、手術時の操作が難しくなることで手術時間が延長するという点でもリスクを高めます。
栄養不良・低タンパク血症は、免疫機能の低下と創傷治癒の遅延をもたらします。
喫煙は、末梢血管を収縮させることで組織への酸素供給を低下させ、感染リスクを高めます。
免疫抑制状態(ステロイド薬の長期使用・抗がん薬治療中・HIV感染など)は、感染への抵抗力を全体的に低下させます。
術前入院期間の長さも感染リスクと関連しており、入院期間が長くなるほど耐性菌への曝露リスクが高まります。
手術・医療環境に関わるリスク因子として、手術時間の長さがあります。
手術時間が長くなるほど、創部が空気・外来細菌・医療機器に曝される時間が増えます。
緊急手術は、術前の感染予防策を十分に実施する時間的余裕がないため、感染リスクが高くなります。
汚染創・感染創での手術は、清潔な状況での手術と比べて感染リスクが高くなります。
ドレーン・異物の留置も感染のリスクを高める要因となります。
手術部位感染の病態と主な原因菌
手術部位感染の原因菌は、患者さん自身の皮膚・消化管・気道などに常在する細菌が大部分を占めます。
最も頻度が高い原因菌は黄色ブドウ球菌であり、特にメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による感染は治療が難しく、重篤化するリスクがあります。
腹部手術後では、大腸菌・腸球菌・嫌気性菌など消化管由来の細菌が原因となることが多いです。
感染は、手術中の創部への細菌の侵入・術後のケアの不備による細菌の侵入・患者さん自身の免疫機能の低下による常在菌の増殖などによって生じます。
感染が生じると、創部の発赤・腫脹・熱感・疼痛・膿性の浸出液・発熱などの症状が現れます。
感染が深部に及ぶと、縫合不全・創部の離開・深部膿瘍形成などが生じ、再手術が必要になることもあります。
さらに重篤化すると、細菌が血液中に侵入して菌血症・敗血症・敗血症性ショックへと進行することがあります。
アセスメントのポイント
手術部位感染リスク状態の看護計画を立てるにあたり、患者さんのリスク因子と創部の状態を丁寧にアセスメントすることが出発点です。
まず、患者さんのリスク因子を把握します。
糖尿病の有無とコントロール状態・肥満の程度・栄養状態・喫煙歴・免疫抑制薬の使用・術前の感染症の有無を確認します。
手術に関わるリスク因子を把握します。
手術の種類・手術時間・汚染度の分類(清潔・準清潔・汚染・感染創)・ドレーン・異物の留置状況を確認します。
術前の感染予防策の実施状況を確認します。
術前の除毛方法・予防的抗菌薬の投与状況・術前シャワー浴の実施を確認します。
創部の状態を評価します。
創部の発赤・腫脹・熱感・疼痛・浸出液の量と性状・縫合の状態を確認します。
全身の感染徴候を評価します。
体温の推移・白血球数・CRP(炎症の程度を示す検査値)・プロカルシトニンなどの検査値を確認します。
看護目標
長期目標
患者さんが手術部位感染を生じることなく、創部が正常に治癒し、安全に術後回復を遂げることができる
短期目標
手術部位感染の早期サイン(創部の発赤・腫脹・熱感・膿性浸出液・発熱)が生じた場合に早期に発見し、速やかな対応ができる
創部の清潔を保つために必要な処置とケアが適切に実施されている
手術部位感染のリスク因子(血糖値の管理・栄養状態の改善・禁煙など)に対して対応できる
具体的な看護計画
観察計画
創部の状態を定期的かつ丁寧に観察します。
創部の発赤・腫脹・熱感・疼痛(感染の4徴候)・浸出液の量と性状(漿液性・血性・膿性)・縫合の状態・創部の離開の有無を確認します。
浸出液が膿性・混濁・悪臭を伴う場合は、感染の強いサインとして速やかに医師に報告します。
ドレーン排液の状態を観察します。
排液の量・性状・色調の変化を確認します。
排液が急激に増加した・混濁した・膿性になったなどの変化は感染のサインとして受け止めます。
全身の感染徴候を観察します。
体温の推移・悪寒・戦慄・頻脈・低血圧・意識変容などの敗血症のサインを確認します。
体温が38度以上・または36度未満の場合は速やかに医師に報告します。
血液検査の値を確認します。
白血球数・CRP・プロカルシトニン・血液培養の結果を確認し、感染の程度と原因菌の特定に役立てます。
創傷周囲の皮膚の状態を観察します。
ドレッシング材による皮膚トラブル・テープかぶれ・周囲皮膚の浸軟(水分により皮膚が柔らかくふやけた状態)がないかを確認します。
患者さんの自覚症状を確認します。
創部の痛みの変化・普段と異なる感覚・発熱感・全身の倦怠感などを患者さんが自分で伝えられるよう、定期的に確認します。
リスク因子のコントロール状況を観察します。
血糖値の推移・栄養摂取状況・喫煙の有無を確認します。
ケア計画
手指衛生の徹底を実践します。
創部に触れる前後・ドレッシング交換の前後・患者さんに触れる前後には必ず手指消毒または手洗いを行うことが、手術部位感染予防の最も基本的かつ重要なケアです。
石けんと流水による手洗い・アルコール手指消毒剤の適切な使用を徹底します。
創部処置・ドレッシング交換を清潔な手技で行います。
創部処置は清潔操作の原則に従い、滅菌手袋・滅菌器具・滅菌ドレッシング材を使用します。
ドレッシング交換の頻度・方法は医師の指示と創部の状態に応じて行います。


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創部の観察とドレッシングの交換は、焦らず・丁寧に行い、不必要な刺激を与えないよう心がけます。
適切な創部管理を行います。
一次閉鎖創(縫合された創)では、創部を清潔・乾燥に保つことが基本です。
浸出液が多い場合は、創部周囲の皮膚を浸軟から守るために、皮膚保護材の使用を検討します。
ドレーン管理を適切に行います。
ドレーンの固定が外れていないか・屈曲・閉塞がないかを確認します。
ドレーン刺入部の発赤・膿性滲出液がないかを確認し、刺入部の清潔を保ちます。
ドレーンバッグの廃液は指示に従った頻度で廃棄し、逆行性感染を防ぐためにドレーンバッグが刺入部より低い位置に保たれているかを確認します。
血糖管理を支援します。
糖尿病のある患者さんや術後の高血糖がある患者さんでは、血糖値の目標範囲を医師と確認し、適切な範囲に保てるよう管理します。
血糖値が目標値を超えている場合は速やかに医師に報告し、インスリン投与量の調整などの対応を行います。
栄養管理を支援します。
術後の創傷治癒を促進するために、十分なタンパク質・エネルギー・ビタミン・亜鉛などの栄養素の摂取が重要です。
管理栄養士と連携し、患者さんの状態に合わせた栄養サポートを行います。
経口摂取が難しい場合は、経腸栄養・静脈栄養の適切な管理を行います。
術後の早期離床を安全に支援します。
早期離床は血液循環を改善し・免疫機能を維持し・術後合併症全体のリスクを下げることにつながります。
離床時に創部への過度な負担がかからないよう、腹帯や固定具の適切な使用を検討します。
感染が疑われる場合は速やかに医師に報告し、創部の培養検査・抗菌薬の投与・創部の処置などが迅速に行われるよう対応します。
教育・指導計画
患者さんに手術部位感染について理解しやすい言葉で説明します。
「手術の後、傷口に細菌が入って炎症を起こすことがあります。これを防ぐために、傷口を清潔に保つことと、感染のサインに早めに気づくことが大切です」というわかりやすい説明から始めます。
感染の早期サインについて具体的に説明します。
「傷口が赤くなる・腫れる・熱を持つ・ジクジクした液が出る・傷口が痛くなる・熱が出る」などのサインが出た場合は、すぐに看護師や医師に知らせるよう伝えます。
自分で触らない・清潔に保つことの大切さを説明します。
「傷口は自分の手で触らないでください」「ドレッシング材が剥がれた・濡れた場合はナースコールで教えてください」という具体的な指示を伝えます。
血糖管理の重要性を説明します。
糖尿病のある患者さんには「血糖値が高い状態が続くと、傷の治りが遅くなり感染のリスクが高まります」という説明で、血糖管理への意欲を促します。
栄養摂取の大切さを伝えます。
「傷を治すためには、タンパク質をしっかり摂ることが大切です」というメッセージを具体的な食品の例を挙げながら伝えます。
食欲がない場合や食べにくい場合は遠慮なく伝えるよう促します。
禁煙の指導を行います。
喫煙が手術部位感染のリスクを高めることを説明し、術後の禁煙継続を強く勧めます。
禁煙の継続が難しい場合は、禁煙外来への紹介も検討します。
退院後の創部ケアについて具体的に説明します。
退院後の傷口の観察方法・シャワー浴・入浴の開始時期の目安・ドレッシング材の交換方法(必要な場合)・受診が必要なサインを書いたパンフレットを渡すなど、家に帰ってからも参照できる形で情報を提供します。
術前からの感染予防への取り組み
手術部位感染の予防は、手術当日から始まるのではなく、術前から始まります。
術前の血糖コントロールは、感染リスクを下げるうえで非常に重要です。
糖尿病のある患者さんには、手術前から血糖値を適切な範囲にコントロールするための支援を行います。
術前の栄養管理も重要です。
低栄養状態が確認された患者さんには、術前から栄養サポートを開始することで、術後の感染リスクを下げることができます。
術前のシャワー浴は、皮膚の常在菌数を減らし感染リスクを下げる効果があるとされており、医療機関のプロトコールに従って実施します。
術前の除毛については、必要な場合に電気クリッパー(毛刈り器)を使用することが推奨されており、カミソリによる剃毛は皮膚を傷つけ感染リスクを高めるため避けることが望ましいとされています。
予防的抗菌薬の適切な投与は、手術部位感染の予防において有効とされており、手術の種類に応じて適切な種類・量・投与タイミングで行われるよう確認します。
特定の手術における感染予防のポイント
手術の種類によって、感染予防のポイントが異なります。
腹部手術後は、消化管由来の細菌による感染リスクが高いため、ドレーン管理・ストーマケア・縫合不全の早期発見が特に重要です。
整形外科手術後は、人工関節・骨接合材料などの異物が留置されるため、インプラント関連感染への注意が必要です。
インプラント関連感染は治療が難しく、長期化することがあるため、予防が特に重要です。
心臓・胸部手術後は、縦隔炎・胸骨骨髄炎などの重篤な感染症への注意が必要です。
縦隔炎は致死率が高い重篤な合併症であり、胸骨部の創部の観察を特に丁寧に行います。
帝王切開後は、子宮・腹壁の感染リスクがあります。
ローリスクな手術と思われがちですが、産後の体力低下・授乳・育児との両立という状況の中での感染予防への注意が必要です。
耐性菌への対応
手術部位感染の原因菌として、MRSA(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌)・ESBL産生菌などの耐性菌が問題になることがあります。
MRSA保菌が術前に確認された場合は、術前からの除菌対策(鼻腔内への抗菌軟膏の塗布・クロルヘキシジンによるシャワー浴など)が感染リスクを下げる可能性があります。
耐性菌による感染が疑われる場合や確認された場合は、接触感染予防策(手袋・エプロンの着用・個室管理など)を適切に実施します。
感染制御チーム(ICT)との連携を行い、耐性菌への対応方針をチームで共有します。
多職種連携での感染予防
手術部位感染の予防は、看護師だけで担うものではありません。
外科医・麻酔科医・感染制御専門看護師・薬剤師・管理栄養士・理学療法士・感染制御チームなど、多職種が連携して予防に取り組むことが、感染リスクを下げるうえで欠かせません。
手術部位感染のサーベイランス(感染の発生状況を継続的に把握・分析すること)に参加し、感染発生率のデータを活用して予防策を継続的に改善することも看護師の役割のひとつです。
カンファレンスで感染リスクの高い患者さんの情報を共有し、チームとして一貫した感染予防策を実践することが大切です。
感染が発生した場合は、原因の分析・対策の見直しをチームで行い、同様の感染が起きないよう取り組みます。
まとめ
手術部位感染リスク状態の看護計画は、手術を受けた患者さんの創部を感染から守り、安全な術後回復を支えるための看護の方向性を示すものです。
手術部位感染は適切な予防策によって大きくリスクを下げることができる合併症であり、看護師の丁寧な観察・清潔な創部ケア・患者さんへの教育が感染予防の大きな力となります。
術前からのリスク因子への介入・術中の感染予防策の確認・術後の継続した創部観察とケアという一連の流れを、看護師がしっかりと担うことが患者さんの安全を守ります。
手術部位感染リスク状態の看護計画は、患者さんの創部という「回復への入り口」を守ることが、その人の術後の回復全体を守ることにつながるという視点に立った看護の実践です。
感染の小さなサインを見逃さず、清潔操作を徹底し、患者さんと家族への丁寧な教育を続けることが、この看護計画の実践の中心です。
手術を受けた患者さんが感染という障壁なく、安全に回復の道を歩めるよう、日々のケアを丁寧に積み重ねていきましょう。








