看護学生のレポートや実習記録、小論文で必ず求められるのが私の看護観です。
しかし、何をどう書けばよいのか分からず、抽象的な文章になってしまう学生は少なくありません。
本記事では、私の看護観の基本的な書き方を整理し、具体例を挙げながら詳しく解説していきます。
私の看護観とは何か
私の看護観とは、自分が看護を行ううえで大切にしたい考え方や価値観を言語化したものです。
単なる理想論ではなく、自分自身の体験や学びに基づいた、実践につながる考え方を示すことが求められます。
私の看護観を書く際に押さえるべきポイントは以下の3点です。
看護とは何だと考えているかという自分なりの定義を明確にすること、なぜそのように考えるようになったのかという根拠を示すこと、そしてその考えを今後どのように実践していきたいかという将来像を描くことです。
この3点がそろっていれば、読み手にとって分かりやすく説得力のある看護観になります。
基本構成の考え方
私の看護観は、論理的な流れで書くと伝わりやすくなります。
まず看護観の結論を示し、その後に理由を重ねていく構成が効果的です。
具体的には、私は看護を〇〇だと考えるという結論から始め、そう考えるようになった理由や原体験を述べます。
次に、学びや理論との結びつきを示し、最後に今後どのような看護師を目指すかという展望で締めくくります。
先に結論を示すことで、読み手は何について述べられているのかを理解しやすくなり、その後の理由づけもスムーズに受け入れられます。
看護観の結論の書き方
まずは、自分にとっての看護を一文で表現します。
私にとって看護とは、患者の生きる力を信じ、そのための手助けをすることであるといったように、シンプルで力強い言い切りの形にすると看護観が明確になります。
ここで大切なのは、曖昧な表現を避けることです。
患者に寄り添うという言葉はよく使われますが、具体的に何を意味するのかが伝わりにくい場合があります。
自分が最も大切にしたい価値観を、できるだけ具体的な言葉で表現することを心がけましょう。
看護を学んだ経験からの気づき
看護観を持つようになった理由の一つとして、授業や実習での学びは非常に有効な根拠になります。
特に通信制や夜間課程で学ぶ学生にとって、家事や育児と学業の両立は決して容易ではありません。
限られた時間の中で子どもの体調管理を行い、安心できる環境を整えながら生活を支えてきた経験は、看護の本質と重なる部分が多いと感じる方も多いでしょう。
たとえば、人の手を借りなければ何もできない乳幼児と向き合う中で、相手の小さな変化に気づき、先回りして環境を整えることの大切さを学んだという経験があります。
また、子どもが体調を崩して受診した際、看護師と短時間話しただけで不安が軽減された経験から、忙しい状況でも安心感を与える関わりが人の力を引き出すことを実感した方もいるでしょう。
このような経験は、生活を抱えながら学ぶ通信制・夜間看護学生だからこそ得られる視点であり、患者や家族の生活背景を尊重した看護につながると考えられます。
子育てと学業を両立してきた経験
看護観は、日常生活の経験とも深く結びついています。
家族を支えた経験は、説得力のある根拠になるのです。
子どもを育ててきた母親としての視点は、看護の本質を理解するうえで非常に重要な要素となります。
人の手を借りなければ何もできない赤ちゃんと接する中で、自分が自然と看護をしていることに気づいたという経験を持つ方は少なくありません。
子どもが風邪をひいた際、小児科で看護師と話しただけで安心した経験から、安心感を与える関わりが人を支える力になると感じた方もいるでしょう。
この経験から、患者や家族に対しても同じように接したいと考えるようになったという流れは、非常に自然で説得力があります。
子育ての経験は、単なる個人的なエピソードではなく、看護の普遍的な価値を示す貴重な体験なのです。
身近な人の死と看護への思い
身近な人との別れは、看護観を形成する大きな出来事になります。
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大切な人を失った経験は、看護の意味を深く考えるきっかけとなるのです。
たとえば、祖母を膵臓癌で亡くした経験から、病院で看護師が祖母とコミュニケーションを取り、身の回りの世話をする姿を見て、少しでも何かできることはないかと感じた方もいます。
自分が看護師であれば、祖母の力を支える手助けができたのではないかと考え、子どもの頃からの夢だった看護師を目指すようになったという動機は、非常に強い原動力となります。
ここで大切なのは、感情だけで終わらせず、なぜ看護師を目指したのかという明確な理由につなげることです。
悲しみや後悔といった感情を、看護への志へと昇華させる過程を丁寧に描くことで、読み手の心に響く看護観になります。
理論との結びつけ方
看護理論を取り入れることで、看護観に深みと普遍性が加わります。
ナイチンゲールの考え方は、多くの看護学生にとって馴染み深い理論の一つです。
ナイチンゲールは、病気とは回復過程であり、症状や苦痛の多くは環境の不備によって生じると述べています。
新鮮な空気、陽光、清潔さ、静かさ、食事などの環境を整えることで、患者の生命の消耗を最小限に抑えることが看護であるとしました。
この考えを知ることで、看護師の役割は治療を行うことではなく、患者が自ら回復する力を発揮できるよう支えることだと理解できます。
自分の体験と理論が一致している点を示すことで、文章に一貫性が生まれ、説得力が増します。
理論を単に引用するだけでなく、自分の経験とどのように結びついているかを具体的に述べることが重要です。
将来どのような看護師を目指すか
私の看護観の最後には、必ず将来像を描きます。
これまで述べてきた看護観を踏まえて、今後どのような看護を実践していきたいかを明確にすることで、文章全体に方向性が生まれます。
たとえば、患者にとって何が最も良い看護につながるのかを常に考え、患者の生きる力を信じて、精神的にも身体的にも支えられる看護師になりたいという表現は、シンプルでありながら力強い決意を示しています。
将来像を書く際には、抽象的な理想論に終わらせず、具体的にどのような姿勢で患者に関わりたいかを示すことが大切です。
自分が大切にしたい価値観を実践につなげる意思を明確にすることで、読み手に強い印象を残すことができます。
私の看護観を書くときの注意点
私の看護観を書く際には、いくつか注意すべきポイントがあります。
まず、抽象的な言葉だけで終わらせないことが重要です。
優しさや思いやりといった言葉は大切ですが、それだけでは自分らしい看護観にはなりません。
体験や場面を具体的に書くことで、説得力のある文章になります。
次に、結論と理由がつながっているか確認することです。
看護観の結論として示した内容と、その後に述べる理由や体験が矛盾していないか、論理的な流れになっているかを必ずチェックしましょう。
最後に、必ず将来の看護実践につなげることです。
過去の経験や学びを振り返るだけでなく、それを今後どのように活かしていくかという視点を持つことで、前向きで建設的な看護観になります。
まとめ
私の看護観は、特別な経験がなくても書くことができます。
自分が何を感じ、何を大切にしたいのかを丁寧に振り返ることが、看護観を形にする第一歩です。
日常生活の中で感じた小さな気づきや、授業や実習で学んだこと、身近な人との関わりなど、すべてが看護観の材料になります。
大切なのは、自分の言葉で、自分なりの看護を語ることです。
本記事で紹介した構成や具体例を参考にしながら、あなた自身の看護観を丁寧に言語化してみてください。
看護観は一度書いて終わりではなく、学びや経験を重ねるごとに深まっていくものです。
今の自分が大切にしたいことを素直に表現することが、将来の看護実践につながる第一歩となるでしょう。








