「手洗いはしているつもりなのに、病棟で感染が広がってしまった」「この患者さんから別の患者さんに菌が移ってしまわないか不安」「退院後の生活で、家族に感染を広げてしまわないか心配」——こうした言葉を、医療の現場で働く中で感じたことはないでしょうか。
感染症は患者さん自身の健康を脅かすだけでなく、その患者さんを介して別の人へと広がる可能性を持っています。
特に医療の現場では、免疫力が低下した患者さんが集まるため、一人の患者さんの感染が病棟全体に広がるリスクがあります。
この状態は看護診断において感染仲介リスク状態と呼ばれ、感染症を持つ患者さんや病原体を保有している可能性がある患者さんが、他者へ感染を広げるリスクがある状態として定義されています。
感染そのものを「治す」だけでなく、感染を「広げない」ための看護計画を立てることが、患者さん本人と周囲の人々の安全を守ることにつながります。
今回は、この看護診断の概要から看護計画の立案まで、臨床で活用できる内容を詳しくまとめました。
感染仲介リスク状態とはどういう状態か
感染仲介リスク状態とは、患者さんが感染性の病原体(細菌、ウイルス、真菌、寄生虫など)を保有しており、その病原体が他の人や環境へ伝播するリスクがある状態のことです。
NANDA-Iでは、感染仲介リスク状態を「感染因子が人から人へ、または人から環境へ伝播するリスクがある状態」として定義しています。
この診断が他の「感染リスク状態」と異なる点は、患者さん自身が感染症にかかるリスクではなく、患者さんが感染の**媒介者(仲介者)**となって他者へ感染を広げるリスクに焦点を当てていることです。
たとえば、次のような状況が感染仲介リスク状態に当てはまります。
多剤耐性菌(メチシリン耐性黄色ブドウ球菌・略称MRSAや、バンコマイシン耐性腸球菌・略称VREなど)が検出された患者さんが、病棟内の他の患者さんや医療者へ菌を広げるリスクがある状態。
インフルエンザ、新型コロナウイルス感染症、ノロウイルス、結核など、飛沫・空気・接触感染する疾患に罹患した患者さんが、他の人へ感染を広げるリスクがある状態。
手術創や褥瘡(じょくそう)から病原体が検出された患者さんが、ケアを通じて病原体が広がるリスクがある状態。
退院後の生活の中で、家族や地域の人々へ感染を広げるリスクがある状態。
なぜこの看護診断が重要なのか
医療関連感染(院内感染)は、患者さんの回復を大きく妨げ、入院期間の延長、合併症の発生、医療費の増大につながります。
特に多剤耐性菌による感染症は、有効な抗菌薬が限られているため治療が難しく、重症化・死亡のリスクが高くなります。
また、高齢者、免疫機能が低下している患者さん、新生児など、感染に対して特に脆弱(ぜいじゃく)な患者さんが集まる医療の現場では、一人の患者さんからの感染伝播が集団感染(アウトブレイク)につながることがあります。
一方で、適切な感染対策が行われれば、感染の伝播を大幅に防ぐことができます。
手指衛生の徹底、適切な個人防護具の使用、隔離予防策の実施——これらは証拠に基づいた効果的な感染対策です。
看護師は患者さんと最も接触頻度が高く、ケアの提供・処置・移送など様々な場面で感染伝播の経路となりうる立場にあります。
感染仲介リスクを正確に評価し、適切な感染対策を実践しながら患者さんと家族に教育を行うことは、看護師の中心的な役割のひとつです。
感染の伝播経路を理解する
感染仲介リスク状態への対応を考える上で、感染の伝播経路を理解することが重要です。
接触感染とは、病原体が直接的または間接的な接触によって伝播する経路です。
直接接触感染は患者さんの皮膚・創部・体液への直接的な接触、間接接触感染はドアノブ・医療機器・リネンなどの媒介物を介した伝播が挙げられます。
多剤耐性菌(MRSA・VREなど)、ノロウイルス、クロストリジオイデス・ディフィシル(CDIの原因菌)などが接触感染で広がります。
飛沫感染とは、感染した人が咳・くしゃみ・会話をした際に放出される飛沫(直径5マイクロメートルより大きい粒子)が、近距離(通常2メートル以内)にいる人の粘膜(目・鼻・口)に到達することで伝播する経路です。
インフルエンザ、百日咳(ひゃくにちぜき)、マイコプラズマ肺炎などが飛沫感染で広がります。
空気感染とは、飛沫核(直径5マイクロメートル以下の微小な粒子)が空気中に長時間浮遊し、離れた場所にいる人でも感染する経路です。
結核、麻疹(はしか)、水痘(みずぼうそう)が空気感染で広がります。
関連因子とリスク因子を整理する
感染仲介リスク状態に関わる因子はいくつかに分類されます。
患者さんの感染状態に関わる因子として、多剤耐性菌の保菌・感染、感染性の高い疾患への罹患(結核、インフルエンザ、ノロウイルスなど)、症状が出ていない保菌状態(無症状キャリア)、開放性の創傷からの病原体の排出が挙げられます。
患者さんの行動・衛生習慣に関わる因子として、手洗いや咳エチケットへの理解不足・実践不足、感染対策の重要性への認識の低さ、隔離の必要性を理解できていないことが関わります。
医療環境に関わる因子として、多人数収容の病室、感染対策の不十分さ、医療者の手指衛生の徹底不足、医療機器・器具の不適切な管理が挙げられます。
患者さんの周囲の人に関わる因子として、免疫力が低下した患者さんが同室にいること、面会者への感染対策の教育不足が挙げられます。
看護目標を設定する
長期目標
患者さんが感染の伝播経路を理解し、適切な感染対策を実践することで、病原体を他者や環境へ広げることなく療養生活を送ることができる。
短期目標
自分が感染の仲介者となるリスクがあることを理解し、感染対策の必要性を言葉で説明することができる。
手指衛生(手洗い・手指消毒)を適切な方法とタイミングで実践することができる。
退院後の生活において、家族や周囲の人への感染を防ぐための具体的な行動を説明することができる。
観察計画(オーピー)
感染仲介リスク状態を把握するためには、患者さんの感染状態・感染対策の実践状況・環境の安全を継続的に観察することが必要です。
感染の状態と伝播リスクの観察として、感染症の診断・病原体の種類・感染経路(接触・飛沫・空気感染のいずれか)を確認します。
多剤耐性菌の検出部位(鼻腔・創部・尿路・喀痰など)と菌量の変化、感染症の症状の推移(発熱・下痢・咳などの症状が続いているか改善しているか)も把握します。
感染対策の実施状況の観察として、患者さん本人の手指衛生(手洗い・手指消毒)の実践状況を観察します。
特に、トイレの後・食事の前・他者と接触する前後に適切な手指衛生が行われているかを確認します。
咳エチケット(咳・くしゃみの際にティッシュや肘の内側で口と鼻を覆う行動)が実践できているかも確認します。
病室・環境の清潔の観察として、病室内の高頻度接触部位(ドアノブ・床頭台・ナースコール・トイレのハンドルなど)の清潔の状態、リネン類の汚染状況、廃棄物の適切な処理が行われているかを確認します。
患者さんの行動と理解の観察として、感染対策の必要性を患者さんが理解しているか、隔離の指示(病室から出ない、マスク着用など)を守れているかを確認します。
「なぜこんなに制限されるのか分からない」という発言は、感染対策の理解が不十分であることを示しています。
面会者・家族の対応の観察として、面会者が病室に入る際の手指衛生・マスク着用・ガウン着用などの感染対策を実践しているかを確認します。
面会者への感染対策の指導が十分に行われているかも把握します。
医療者の感染対策の観察として、看護師・医師・検査技師などすべての医療者が標準予防策と追加予防策(接触・飛沫・空気感染予防策)を適切に実践しているかを確認します。
手指衛生の「五つのタイミング」(患者さんに触れる前、清潔操作の前、体液に暴露した後、患者さんに触れた後、患者さんの周辺環境に触れた後)が守られているかが特に重要です。
ケア計画(ティーピー)
ケア計画では、感染の伝播を防ぐための環境整備と患者さんへの支援を中心に行います。
標準予防策の徹底を行います。
すべての患者さんのケアにおいて、血液・体液・分泌物・排泄物は感染性があるものとして扱い、接触する可能性がある場合は手袋を着用します。
飛沫が予測される処置(口腔ケア、吸引など)ではマスクとゴーグル・フェイスシールドを使用します。
衣類への汚染が予測される場合はガウンを着用します。
処置後はすぐに手指衛生を行います。
伝播経路別の予防策の実施を行います。


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接触感染予防策として、患者さんの病室または区画を専用とし、ケアの前後に手指衛生を行い、患者さんに触れる際は手袋とガウンを着用します。
患者さんに使用した医療器具(聴診器・血圧計など)は患者さん専用とするか、使用後に適切に消毒します。
飛沫感染予防策として、患者さんに近づく際はサージカルマスクを着用します。
患者さんにもサージカルマスクの着用を促し、咳エチケットを指導します。
空気感染予防策として、陰圧室(室内の気圧が廊下より低く保たれる特殊な病室)への収容を行います。
病室に入る際はN95マスクを着用します。
結核が疑われる患者さんの喀痰採取など、エアロゾルが発生する処置は換気の良い場所で行います。
病室環境の清潔維持を行います。
高頻度接触部位(ドアノブ・床頭台・ナースコール・トイレハンドルなど)を少なくとも1日2回以上、適切な消毒薬を使って清拭します。
クロストリジオイデス・ディフィシル感染症では、塩素系消毒薬(次亜塩素酸ナトリウム)を使用します(アルコール系消毒薬では芽胞が不活化できないため)。
汚染されたリネン・衣類は二重袋に入れて処理します。
廃棄物の適切な管理を行います。
感染性廃棄物は感染性廃棄物専用のビニール袋に入れ、適切に廃棄します。
使用済みの注射針などの鋭利器材は耐貫通性の専用容器に廃棄し、針刺しによる医療者への感染を防ぎます。
患者さんの移送と移動の管理を行います。
感染のある患者さんの検査・処置のための移送は必要最小限とします。
移送が必要な場合は、移送先への事前連絡と感染対策の準備(マスク着用など)を行います。
車椅子・ストレッチャーの使用後は適切に消毒します。
教育計画(イーピー)
教育計画では、患者さんと家族が感染伝播のリスクを理解し、適切な感染対策を自ら実践できるよう支援します。
患者さんに対して、自分が感染の仲介者となるリスクがあることを分かりやすく説明します。
「今あなたの体には、他の人に感染する可能性がある菌(またはウイルス)がいます。ご自身のためだけでなく、周りの人を守るためにも感染対策がとても大切です」という説明が、患者さんが感染対策に積極的に取り組む動機づけになります。
患者さんを責めることなく、「一緒に広げないための対策をしましょう」という前向きなメッセージを伝えることが大切です。
正しい手洗いの方法と適切なタイミングを指導します。
「石けんと流水での手洗いは、少なくとも20〜30秒かけて行ってください」という説明とともに、実際に手洗いの手順を一緒に練習します。
速乾性手指消毒薬(アルコールジェルなど)の使い方も指導します。
「トイレの後、食事の前、他の人と握手したり物に触れた後は必ず手を洗ってください」という具体的なタイミングを繰り返し伝えます。
咳エチケットの実践方法を指導します。
「咳やくしゃみが出そうなときは、ティッシュや肘の内側で口と鼻を覆ってください。ティッシュを使った後はすぐにゴミ箱に捨て、手を洗ってください」という具体的な手順を伝えます。
隔離の目的と期間について説明します。
「病室から出る制限は、あなたを閉じ込めるためではなく、免疫力が低下している他の患者さんを守るためです」という説明が、患者さんの隔離への理解と協力を引き出します。
隔離の終了時期の見通しを伝えることで、患者さんが孤立感や不公平感を感じにくくなります。
退院後の生活における感染対策について説明します。
家族への感染を防ぐための具体的な行動として、手洗いの継続、タオルや食器の共用を避けること、感染症の症状が続く間は人混みを避けることなどを伝えます。
多剤耐性菌の保菌者では、次回の医療機関受診時に保菌の事実を申告することの重要性を伝えます。
家族・面会者への感染対策の指導を行います。
「病室に入る前と出た後には必ず手洗いまたは手指消毒をしてください」「マスクの着用をお願いします」という具体的な依頼とともに、手指衛生の方法を実際に見せながら指導します。
症状(発熱・下痢・咳など)がある面会者は面会を控えるよう伝えます。
医療者向けの感染対策の重要性を改めて共有します。
定期的な手指衛生の研修、感染対策マニュアルの確認、感染対策担当者への相談体制の整備が、医療関連感染を防ぐ土台になります。
臨床でよく見られる場面と対応のポイント
MRSAが検出された患者さんでは、接触感染予防策の徹底が必要です。
「MRSAというのは薬が効きにくい菌で、触れることで広がります」という説明を患者さんと家族に行い、手指衛生と接触予防策の重要性を伝えます。
保菌者として感染症状がない場合でも対策が必要であることを丁寧に説明します。
ノロウイルス感染症の患者さんでは、接触感染と飛沫感染の両方の経路をもつことを意識した対策が必要です。
嘔吐物・下痢便の処理には塩素系消毒薬を使用し、処理する際はマスク・手袋・ガウンを着用します。
アルコール系消毒薬はノロウイルスには効果が弱いため、石けんと流水による手洗いが基本であることを医療者と患者さん・家族に伝えます。
結核が疑われる患者さんでは、診断が確定するまでの間から空気感染予防策を開始します。
陰圧室への収容とN95マスクの使用を徹底します。
患者さんへは「咳が出るときはマスクを着けてください」という指導とともに、隔離の理由を丁寧に説明し、孤立感を和らげる関わりを続けます。
クロストリジオイデス・ディフィシル感染症の患者さんでは、芽胞(がほう)が環境中に長期間生存できるため、環境の清潔維持が特に重要です。
塩素系消毒薬による環境清拭を徹底し、手指衛生は石けんと流水による手洗いを基本とします(アルコールジェルでは芽胞を除去できないため)。
インフルエンザの患者さんでは、飛沫感染予防策を徹底します。
患者さんにはサージカルマスクの着用と咳エチケットを指導し、病室から廊下への飛沫の拡散を防ぎます。
解熱後も24〜48時間は感染性が続く可能性があることを患者さんと家族に伝えます。
まとめ
感染仲介リスク状態は、患者さん本人の健康だけでなく、周囲のすべての人の安全に関わる重要な看護診断です。
感染を「治す」だけでなく「広げない」という視点を持って関わることが、医療関連感染を防ぎ、多くの命を守ることにつながります。
患者さんを責めることなく、「一緒に広げないための対策をしましょう」という前向きな姿勢で関わることが、患者さんの感染対策への協力を引き出す土台になります。
標準予防策と伝播経路別予防策の徹底、環境の清潔維持、患者さんと家族への丁寧な教育——これらを組み合わせた予防的なアプローチが、感染の伝播を防ぐ力になります。
観察、ケア、教育の三つの柱をバランスよく組み合わせながら、患者さんが安全に療養を続け、周囲の人々への感染を防げるよう、継続的な視点で関わり続けることが大切です。
看護計画は患者さんの感染状態と治療経過の変化に合わせて柔軟に見直しながら、患者さんと周囲の人々の安全を守る支援を続けていきましょう。








