はじめに
呼吸のフィジカルアセスメントは、看護師が患者の呼吸器系の状態を評価するための重要な技術です。正確なアセスメント技術を身につけることで、呼吸器疾患の早期発見や症状の変化を適切に把握できます。
この記事では、看護学生から経験豊富な看護師まで、すべての方に役立つ呼吸のフィジカルアセスメントの方法を詳しく解説します。
呼吸のフィジカルアセスメントとは?
呼吸のフィジカルアセスメントは、視診・触診・打診・聴診の4つの基本手技を用いて、患者の呼吸器系の状態を系統的に評価する技術です。
アセスメントの目的
- 呼吸器疾患の早期発見
- 症状の変化や治療効果の評価
- 呼吸困難の原因究明
- 適切な看護介入の計画立案
STEP1:問診による自覚症状の確認
基本情報の収集
既往歴・生活歴の確認項目:
| 項目 | 確認内容 | 臨床的意義 |
|---|---|---|
| 既往歴 | 呼吸器疾患、心疾患、アレルギー疾患 | 現在の症状との関連性評価 |
| 喫煙歴 | 喫煙年数、1日の本数、禁煙時期 | COPD、肺癌のリスク評価 |
| 職業歴 | アスベスト、粉塵曝露の有無 | 職業性肺疾患のリスク |
| ツベルクリン反応 | 陽性・陰性、実施時期 | 結核感染歴の評価 |
| BCG接種歴 | 接種の有無、時期 | 結核に対する免疫状態 |
主要な自覚症状の詳細評価
1. 呼吸困難感(Dyspnea)
評価ポイント:
- 症状の程度:軽度・中等度・重度
- 発生パターン:安静時・労作時・起座位で改善
- 持続性:持続性・間欠性
- 誘発因子:運動、ストレス、アレルゲン
具体的な質問例:
- 「どのような時に息苦しさを感じますか?」
- 「階段を何段登ると息切れしますか?」
- 「夜間に息苦しくて目が覚めることはありますか?」
2. 咳嗽(Cough)
評価項目:
| 特徴 | 乾性咳嗽 | 湿性咳嗽 |
|---|---|---|
| 音の特徴 | 乾いた音「コンコン」 | 湿った音「ゴホゴホ」 |
| 痰の有無 | なし | あり |
| 原因 | 気道の炎症、刺激 | 気道分泌物の増加 |
| 疾患例 | 気管支炎初期、肺炎 | 気管支炎、肺炎 |
詳細な評価ポイント:
- 発生時期:急性(2週間未満)・慢性(8週間以上)
- 出現パターン:日内変動、季節性
- 誘発因子:体位変換、深呼吸、会話
- 随伴症状:発熱、胸痛、喀血
3. 喀痰(Sputum)
観察項目:
| 項目 | 正常 | 異常所見と疾患 |
|---|---|---|
| 量 | 少量(~30ml/日) | 大量:気管支拡張症、肺化膿症 |
| 色調 | 無色透明~白色 | 黄色:細菌感染、緑色:緑膿菌 |
| 性状 | サラサラ | 粘稠:慢性気管支炎 |
| 臭気 | 無臭 | 悪臭:嫌気性菌感染 |
| 血液混入 | なし | 血痰:肺結核、肺癌 |
4. 胸痛(Chest Pain)
評価の視点:
- 部位:前胸部、側胸部、背部
- 性質:刺すような・圧迫感・鈍痛
- 持続時間:瞬間的・持続性
- 増悪因子:深呼吸、咳嗽、体位変換
- 放散痛:肩、腕、背中への放散
STEP2:他覚症状・徴候の観察
重要な他覚所見
1. チアノーゼ(Cyanosis)
観察部位:
- 中心性チアノーゼ:口唇、舌(酸素化不良を示す)
- 末梢性チアノーゼ:爪床、指先(循環不良を示す)
評価基準:
- 脱酸素化ヘモグロビンが5g/dl以上で出現
- SpO2が85%以下で明確に認識可能
2. ばち状指(Clubbing Finger)
特徴:
- 指先が太鼓のばちのように膨らむ
- 爪床角が消失(正常160度→180度以上)
- 慢性的な低酸素血症の指標
原因疾患:
- 肺癌、気管支拡張症
- 先天性心疾患
- 間質性肺炎
3. 意識障害
観察項目:
- 覚醒レベル:JCS、GCSによる評価
- 認知機能:見当識、記憶力
- 行動変化:興奮、傾眠傾向
- CO2ナルコーシス:高CO2血症による意識障害
STEP3:視診による胸郭の評価
正常な胸郭の特徴
形態的特徴:
| 項目 | 正常値 | 異常所見 |
|---|---|---|
| 左右対称性 | 対称 | 非対称:胸水、気胸 |
| 前後径:横径比 | 1:1.5~2 | 1:1に近い:樽状胸 |
| 肋骨角 | 90度以下 | 90度以上:肺気腫 |
| 肋骨の傾き | 45度 | 水平に近い:樽状胸 |
異常な胸郭の形態
1. 樽状胸(Barrel Chest)
- 特徴:前後径の増大、肋骨の水平化
- 原因:慢性閉塞性肺疾患(COPD)
- 機序:過膨張による胸郭の固定
2. 漏斗胸(Funnel Chest)
- 特徴:胸骨の陥凹
- 影響:心肺機能への圧迫
- 程度:軽度~重度
3. 鳩胸(Pigeon Chest)
- 特徴:胸骨の前方突出
- 原因:先天性、リウマチ性疾患
- 合併症:呼吸機能障害
STEP4:触診による胸郭運動の評価
胸郭拡張性の評価方法
前胸部の触診:
- 手の位置
- 母指を肋骨弓に沿って配置
- 手指と手掌を肋骨に沿わせる
- 皮膚にたるみを作る
- 観察ポイント
- 左右対称性の確認
- 上外側方向への拡張
- 母指間隔の広がり
背部の触診:
- 手の位置
- 第10肋骨に沿って母指を配置
- 胸郭を包むように手掌を置く
- 評価項目
- 拡張の程度
- 左右差の有無
- 動きの制限
異常所見とその意義
| 所見 | 原因 | 疾患例 |
|---|---|---|
| 左右非対称 | 一側性病変 | 胸水、気胸、無気肺 |
| 拡張制限 | 胸郭可動性低下 | 胸膜炎、肋骨骨折 |
| 全体的制限 | 呼吸筋力低下 | 神経筋疾患 |
STEP5:聴診による呼吸音の評価
正常呼吸音の分類
1. 気管音(Tracheal Sounds)
特徴:
- 聴取部位:気管上部(胸骨上窩)
- 音の性質:高調で強い音
- 吸気:呼気比:2:3
- 音の持続:吸気・呼気とも明瞭
2. 気管支肺胞音(Bronchovesicular Sounds)
特徴:
- 聴取部位:第2肋間胸骨縁、肩甲骨間部
- 音の性質:中等度の高さ
- 吸気:呼気比:1:1
- 臨床的意義:気管支と肺胞音の中間的性質
3. 肺胞音(Vesicular Sounds)
特徴:
- 聴取部位:肺野全体
- 音の性質:低調で柔らかい
- 吸気:呼気比:2:1
- 音の特徴:吸気開始時に最も強い
異常呼吸音(副雑音・ラ音)
乾性ラ音(Dry Rales)
| 種類 | 音の特徴 | 発生機序 | 疾患例 |
|---|---|---|---|
| 笛音 | 高調な笛のような音 | 気道狭窄 | 気管支喘息 |
| いびき音 | 低調なうなり音 | 太い気道の狭窄 | COPD |
湿性ラ音(Wet Rales)
| 種類 | 音の特徴 | 発生部位 | 疾患例 |
|---|---|---|---|
| 細かい湿性ラ音 | パチパチ音 | 細気管支・肺胞 | 肺炎、肺水腫 |
| 粗い湿性ラ音 | ブクブク音 | 太い気道 | 気管支炎 |
聴診の手技とコツ
聴診器の使用方法:
- 準備:聴診器の温度を上げる
- 圧迫:適切な圧で皮膚に密着
- 順序:上から下へ、左右対称に
- 呼吸指示:深呼吸を促す
聴診のポイント:
- 最低3呼吸分聴取
- 安静時と深呼吸時の両方で評価
- 体位を変えて再評価
- 咳嗽後の変化も観察
STEP6:打診による肺野の評価
正常打診音
共鳴音(清音):
- 特徴:低調で響く音
- 聴取部位:正常な肺野
- 発生機序:空気を含む肺組織の振動
異常打診音
| 打診音 | 音の特徴 | 原因 | 疾患例 |
|---|---|---|---|
| 濁音 | 鈍い音 | 肺実質の密度増加 | 肺炎、無気肺 |
| 鼓音 | 高調で響く音 | 空気の蓄積 | 気胸、肺気腫 |
| 無音 | 音が聞こえない | 大量の液体貯留 | 胸水 |
打診の手技
基本手技:
- 左手:第2指を肋間に密着
- 右手:中指で軽快に打診
- 順序:上から下へ、左右対称に
- 力加減:一定の強さで実施
STEP7:横隔膜の可動域評価
評価方法
手順:
- 呼気時の位置確認
- 息を十分に吐いてもらう
- 第10胸椎棘突起レベルで打診
- 濁音から清音に変わる境界を確認
- 吸気時の位置確認
- 深く息を吸ってもらう
- 同様に境界を確認
- 可動域の測定
- 呼気時と吸気時の差を測定
- 正常:4-6cm
異常所見と疾患
| 所見 | 原因 | 疾患例 |
|---|---|---|
| 可動域減少 | 横隔膜機能低下 | 肺気腫、腹部疾患 |
| 片側挙上 | 横隔膜麻痺 | 横隔神経麻痺 |
| 両側挙上 | 腹腔内圧上昇 | 腹水、肥満 |
看護記録への記載方法
記録のポイント
客観的データ:
- 具体的な数値(SpO2、呼吸数)
- 観察された事実
- 時系列での変化
主観的データ:
- 患者の訴え(原文で記載)
- 症状の程度
- 日常生活への影響
記録例
【視診】胸郭の左右対称性良好、前後径:横径比正常範囲内
【触診】胸郭拡張性良好、左右差なし
【打診】全肺野にて清音聴取
【聴診】全肺野にて肺胞音聴取、副雑音なし
【自覚症状】「息苦しさはない」と発言、安静時呼吸困難なし
異常所見発見時の対応
緊急度の判断
即座に医師報告が必要:
- 高度の呼吸困難
- 中心性チアノーゼ
- SpO2 90%未満
- 意識レベルの低下
観察継続・定期報告:
- 軽度の呼吸困難
- 末梢性チアノーゼ
- 軽度の副雑音
看護介入
immediate care:
- 体位調整(起座位、半座位)
- 酸素投与の準備
- バイタルサイン測定
- 医師への報告
よくある質問(FAQ)
Q1. 聴診で左右差がある場合はどう判断すべきですか? A1. 左右差がある場合は病的状態を示唆します。患者の体位を変えて再度聴診し、持続する場合は医師に報告しましょう。
Q2. 高齢者の呼吸音評価で注意点はありますか? A2. 高齢者は呼吸筋力の低下により呼吸音が弱くなることがあります。深呼吸が困難な場合は、可能な範囲での評価を行います。
Q3. 小児の呼吸音評価の特徴は? A3. 小児は胸壁が薄いため呼吸音が伝わりやすく、成人より高調に聞こえます。また、鼻呼吸が主体のため鼻閉の影響を受けやすいです。
まとめ
呼吸のフィジカルアセスメントは、看護師にとって重要な技術の一つです。系統的なアプローチにより、患者の呼吸器系の状態を正確に評価することができます。
重要ポイント:
- 問診による自覚症状の詳細な聴取
- 視診・触診・打診・聴診の系統的実施
- 正常所見と異常所見の適切な判別
- 異常所見発見時の迅速な対応
- 正確な記録と報告
継続的な練習により技術を磨き、患者の安全で質の高い看護を提供していきましょう。










