脳梗塞後遺症により片麻痺と嚥下障害を抱える患者の看護では、転倒予防と自立支援のバランスが重要な課題となります。
今回は60代女性の事例をもとに、リハビリテーション継続中の患者への安全管理と心理的支援について詳しく解説します。
患者背景と入院に至る経緯
60代半ばの女性が、脳梗塞後のリハビリテーション継続と維持透析を目的に転院してきました。
20年前から糖尿病と高血圧を指摘され、通院治療を継続していました。
3年前から慢性腎不全により人工透析治療を開始し、週3回の透析を自宅近くのクリニックで受けていました。
今年の6月中旬、歩行中に左足が重たくなり、力が入らなくなって立てなくなりました。
救急搬送され、脳梗塞と診断されて前医に入院しました。
右前頭葉の虚血による中大脳動脈穿通枝の梗塞が原因で、左片麻痺と嚥下障害が出現しました。
約1か月半の入院治療とリハビリを経て、現在の病院へ転院となりました。
身体状態と医学的管理
身長153cm、体重60kg程度の体格です。
入院時のバイタルサインは、体温36.5度、脈拍75回/分、呼吸18回/分と安定していています。
血圧は165/90mmHgとやや高めで、降圧薬による管理が継続されています。
SpO2は98%と良好な酸素化が保たれています。
検査データでは、ヘモグロビン10.9g/dlと軽度の貧血があります。
血清アルブミン3.6mg/dlとやや低値で、栄養状態の改善が必要です。
総コレステロール139mg/dl、中性脂肪109mg/dlと脂質は管理されています。
電解質はナトリウム140.0mmol/l、カリウム3.4mmol/l、クロール101mmol/lと正常範囲です。
複数の基礎疾患の管理
糖尿病の管理
毎食前に血糖測定を行い、大体110〜150mg/dl台で推移しています。
低血糖になることはなく、測定後にインスリン注射を自己管理していました。
左片麻痺により利き手が使えなくなったため、血糖測定とインスリン注射が困難な状態です。
甘いものが大好きで、お菓子を毎日食べる習慣がありました。
前の病院でも勝手に売店に行ってお菓子を買っていたというエピソードがあります。
透析管理
タンパク制限があり、1日55gの食事制限が課されています。
自宅近くのクリニックへ歩いて通い、透析治療を受けていました。
透析開始後から便秘傾向になり、3日間排便がないこともあります。
排尿は1日5回程度で、夜間は1〜2回です。
透析患者の水分管理として、1日150mlのトロミ付き水分摂取となっています。
高血圧の管理
20年前から高血圧を指摘され、降圧薬を内服しています。
入院時の血圧165/90mmHgは、目標値よりやや高い状態です。
脳梗塞の再発予防のため、厳格な血圧管理が必要です。
内服薬の管理
バイアスピリン100mgを抗血小板薬として朝1回服用しています。
アムロジピン2.5mgを降圧薬として朝1回服用しています。
ワーファリン1mgを抗凝固薬として朝1回服用しています。
クエン酸第一鉄ナトリウム錠50mgを貧血改善のため朝夕2回服用しています。
アミティーザカプセル24μgを便秘対策として朝夕2回服用しています。
抗凝固薬を服用中であり、転倒時の出血リスクが高い状態です。
食事と嚥下機能の状態
主食は全粥で、副食は刻み食となっています。
お茶や汁物にはトロミがつけられています。
口から食べられるようになったのは、ここ1か月程度です。
左手で食べる練習をしていますが、うまく食べられず時間がかかります。
飲み込むのも時間がかかり、本人は正直しんどいと感じています。
食事中に時々むせ込みがあり、誤嚥性肺炎のリスクが存在します。
座位は保持できており、姿勢は安定しています。
魚があまり好きではなく、お菓子を好んで食べる傾向があります。
透析食1600kcal、タンパク55gの食事が処方されています。
日常生活動作の状態
移動と移乗
ナースコールは押せますが、スタッフが来るまでに自分で動いてしまいます。
車椅子への移乗時は腋を支えてもらいながら行っており、1人では怖くてできません。
柵を右手でつかまりながら立位を取りますが、バランスが取れずふらつきがあります。
車椅子は普通のタイプで、20m程度であればゆっくりこぐことができます。
前の病院では、2回ほど車椅子に1人で移ろうとして転倒しています。
転院直前の1週間前にも1回転倒しており、合計3回の転倒歴があります。
排泄動作
前の病院では昼間はリハビリパンツ、夜間はオムツを使用していました。
トイレでの排泄はリハビリ時のみで、病室では行っていませんでした。
本人は排便時にトイレを希望しています。
トイレ使用時には看護師を呼ぶよう指示されていますが、わざわざ呼ぶのも悪いと感じています。
清潔動作
前の病院では週2回、ベッドごと特殊浴槽に入る入浴方法でした。
利き手の左手が使えず、立つのもままならないため、介助を受けています。
しかし自分でできるところは自力でやろうとする姿勢があります。
利き手麻痺の影響
左利きであり、利き手が左片麻痺により使えなくなりました。
趣味は絵を描くことでしたが、左手が思うように動かず、絵を描けなくなりました。
利き手が使えなくなったことに対する喪失感や悲しみが強い状態です。
食事も左手で行う練習をしていますが、不自由さを感じています。
血糖測定やインスリン注射など、日常的に行っていた自己管理ができなくなりました。
性格特性と行動パターン
自分のことはできるだけ自分でしたいという性格です。
夫からもせっかちな性格だと言われています。
前の病院でリハビリを頑張っていたという自負があります。
看護師を呼ぶことを遠慮してしまう傾向があります。
自立への強い意欲が、逆に転倒リスクを高める要因となっています。
夫から余計なことを言わないでと制止する場面もあり、プライドの高さがうかがえます。
家族構成とサポート体制
夫70歳と2人暮らしで、夫がキーパーソンです。
住まいはマンションの10階で、エレベーターが利用可能です。
入院前は本人が食事を作っており、野菜中心の食事を考えて作っていました。
洗濯は夫が自宅に持ち帰って行っています。
夫は妻の性格を理解しており、転倒の危険性を心配しています。
夫自身は、自分で身の回りのことができれば良いという現実的な目標を持っています。
退院目標とリハビリへの意欲
主治医からは退院の目安として3か月程度と説明されています。
本人はとにかく早く歩けるようになって家に帰りたいという強い希望を持っています。
リハビリを頑張るという前向きな姿勢があります。
しかし現実的な身体機能と本人の期待にギャップがある可能性があります。
転倒リスクの評価
複数の転倒リスク要因が重なっています。
左片麻痺によるバランス障害があり、立位時にふらつきが見られます。
自立への強い意欲により、能力以上のことを試みてしまいます。
ナースコールを押してもスタッフが来る前に動いてしまう衝動性があります。
抗凝固薬を服用しており、転倒時の出血リスクが高い状態です。
既に3回の転倒歴があり、再転倒の可能性が高いと考えられます。
誤嚥リスクの評価
嚥下障害があり、食事中に時々むせ込みが見られます。
トロミ付きの水分摂取が必要な状態です。
全粥と刻み食という食事形態が必要です。
肺音はクリアでSpO2も良好ですが、誤嚥性肺炎の予防が重要です。
左手での食事動作が不自由で、食事に時間がかかります。
血糖コントロールの課題
利き手が使えないため、血糖測定とインスリン注射を自己管理できません。
看護師による管理が必要ですが、長年自己管理してきた本人の自尊心への配慮が必要です。
甘いものが好きで、売店でお菓子を買ってしまう行動があります。
糖尿病の食事管理と、本人の嗜好のバランスが課題です。
看護上の重点課題
転倒予防
環境整備として、ベッド周囲の動線確保と手すりの配置を行います。
ナースコールを押すことの重要性を繰り返し説明します。
離床センサーの使用を検討し、早期発見できる体制を整えます。
自立したいという気持ちを尊重しながら、安全の重要性を伝えます。
リハビリでできることと病室でできることの違いを明確にします。
誤嚥予防
食事時の姿勢を確認し、適切な座位を保持します。
食事ペースを見守り、急いで食べないよう声かけします。
水分摂取時は必ずトロミをつけることを徹底します。
口腔ケアを丁寧に行い、口腔内を清潔に保ちます。
自尊心への配慮
できることは自分でやってもらい、必要な部分のみ介助します。
長年自己管理してきたことへの敬意を示します。
できないことが増えた悲しみに寄り添います。
小さな成功体験を積み重ね、自信を取り戻せるよう支援します。
家族への支援
夫の心配や負担を理解し、話を傾聴します。
夜間の洗濯など、夫の負担軽減策を一緒に考えます。
退院後の生活について、現実的な目標設定を支援します。
介護サービスの利用など、社会資源の活用を提案します。
まとめ:自立支援と安全管理の両立
脳梗塞後遺症により片麻痺と嚥下障害を持つ患者の看護では、転倒予防と誤嚥予防が最重要課題です。
自立への強い意欲は回復への原動力となる一方で、転倒リスクを高める要因にもなります。
本人の気持ちを尊重しながら、安全を確保するバランスの取れたケアが求められます。
複数の基礎疾患を持つ患者では、それぞれの疾患管理を統合的に行う必要があります。
家族の協力を得ながら、退院後の生活を見据えた支援を提供することが重要です。
利き手の麻痺による喪失感に寄り添い、新しい生活様式を一緒に見出していく支援が大切です。
適切な看護介入により、患者の安全を守りながら、可能な限りの自立を支援することができます。








