高齢者の整形外科手術では、術後せん妄の発症が大きな課題となります。
今回は80代女性の事例をもとに、認知症を有する高齢者の術後管理とせん妄対策について詳しく解説します。
変形性膝関節症の診断と治療選択
4月初旬、両側膝関節痛を主訴に外来を受診しました。
レントゲン検査の結果、両膝内側型の変形性関節症の末期段階と診断されました。
当初は手術治療を希望せず、ヒアルロン酸関節注射と装具療法による保存的治療を選択しました。
しかし著明な効果が得られず、最終的に人工膝関節置換術の適応となりました。
変形性膝関節症は加齢に伴う軟骨のすり減りにより、痛みや可動域制限をきたす疾患です。
両側の内反膝変形があり、両膝の内側が接しない状態でした。
術前の身体状態と既往歴
身長150cm、体重49.5kg、BMI22と標準的な体格でした。
2014年から高血圧の治療を受けており、降圧薬を内服していました。
2024年に軽度の認知症と診断されていました。
抗凝固薬を内服しており、術前の休薬調整が必要な状態でした。
術前の検査では、赤血球383万/μL、ヘモグロビン12.2g/dl、ヘマトクリット37%と軽度の貧血傾向がありました。
血小板は25万/μLと正常範囲内でした。
呼吸回数15回/分、SpO2 96%、血圧115/52mmHg、脈拍62回/分と、バイタルサインは安定していました。
術前の生活状況と健康管理
毎年健康診断を受診しており、健康への関心は高い状態でした。
入院経験がなく、今回が初めての手術であることに不安を感じていました。
手術は初めてだから怖いが、治って痛くなくなることを期待しているという前向きな気持ちもありました。
娘が薬を分包してくれており、自己管理で服薬していました。
毎日自宅で血圧を測定し、血圧管理を行っていました。
家で寝てばかりでは歩けなくなると考え、毎日家の前の坂を15分程度歩く習慣がありました。
30分程度歩くと疲れて帰宅するという運動耐性でした。
認知機能の状態と日常生活への影響
本人自身が認知機能の低下を自覚しており、ぼけてきていると話していました。
意思疎通は可能で、看護師や学生の指示に従って行動できていました。
眼鏡をかけて同意書や新聞を読むことができていました。
しかし病室を間違えて隣の病室に入る姿が見られました。
説明を受けた際に、忘れるからその時にもう一回言ってほしいと訴えていました。
軽度認知症があることで、新しい情報の記憶や場所の認識に困難が生じています。
術前の日常生活動作
食事、入浴、排泄、更衣、整容は自身で行えていました。
余暇活動として、新聞を読んだりテレビを見て過ごしていました。
夜間の排尿回数は4回と頻回でした。
両膝の痛みにより、家の階段を昇降できずエレベーターを使用していました。
2月から膝の痛みが増強し、家の中で過ごすことが多くなっていました。
杖を使用しての歩行が可能でしたが、痛みにより活動範囲が制限されていました。
家族構成とサポート体制
娘と2人暮らしで、自宅退院が予定されていました。
娘は高血圧があることを理解し、食事を作る際に濃い味付けや塩辛いものに気をつけていました。
家族のサポートが得られる環境であり、退院後の生活も見据えた支援が可能です。
娘によると、せっかちな性格とのことでした。
術後1日目の状態変化
5月30日に左膝の人工膝関節置換術が全身麻酔下で実施されました。
術後1日目の明け方から、異常行動が出現しました。
夜間のせん妄症状
1時17分頃、起き上がる行動が見られました。
2時頃、私は旅行中なんですけど、助けてくださいと暴れて大声で叫びました。
体幹、上腕、下肢に抑制帯を装着せざるを得ない状況となりました。
朝には、これ取って、誰かと抑制帯を外そうと大声で叫んでいました。
術後せん妄の典型的な症状が出現し、本人の安全確保が困難な状態でした。
娘は夜中に電話がかかってきて、せん妄のことをずっと調べていて眠れなかったと話しました。
日中の認知機能と行動
10時50分の娘との面会時、ここがどこか分かるかと尋ねられました。
実家ではないのかと返答し、場所の見当識障害が見られました。
車椅子を動かそうとしたり、創部の足を触ってしまう行動がありました。
昨日何をしたのかと聞かれても、昨日と返答するのみで記憶が曖昧でした。
リハビリテーションでの様子
13時からリハビリが開始されました。
指示された動作は可能でしたが、右側を動かすよう指示されると右も左も動かしてしまいました。
左右の識別が困難になっており、認知機能の低下が顕著です。
ベッドから車椅子への移動時に、歩いていいんでしょうと尋ねました。
安静を守るよう伝えられても、勝手に立ち上がって歩こうとする行動が見られました。
安静度は車椅子移乗または患肢全荷重が可能な状態でした。
トイレ使用時の危険行動
トイレが終わったら立ち上がらずにナースコールを押すよう指示されていました。
しかし手すりを掴んで立ち上がろうとする姿が繰り返し見られました。
指示内容を忘れてしまうことと、せっかちな性格が相まって、転倒リスクが高い状態です。
リハビリテーション内容
膝のストレッチ、足首の運動、膝の上げ伸ばし運動が実施されました。
CPMによる左膝関節の可動域訓練が1日3回、各20分実施されました。
60度からスタートし、関節可動域は85度まで改善していました。
理学療法士が指示したことに対し、違うことをやっている姿が見られました。
歩いていいのかと繰り返し聞き、歩こうとする行動がありました。
術後離床時の安全管理
せん妄があるため、看護師3人で離床介助を行いました。
自分で車椅子に乗ろうとし、制止しても止めない状態でした。
院内はフリーとなっていますが、認知レベルから患者を1人にせず、トイレまで見届ける対応が必要とされました。
術後せん妄の発症要因
高齢であることは、せん妄の最大のリスク因子です。
軽度認知症の既往があることで、せん妄発症リスクがさらに高まります。
全身麻酔による手術侵襲が、脳機能に影響を与えました。
術後の疼痛や不快感も、せん妄を誘発する要因となります。
環境の変化、つまり自宅から病院への入院が見当識障害を助長しました。
夜間の排尿回数が4回と頻回であり、睡眠の質が低下していた可能性があります。
せん妄予防の重要性
術前から認知症があることが分かっていたため、せん妄のハイリスク患者として対応すべきでした。
環境調整として、時計やカレンダーの設置、家族写真の持参などが有効です。
日中の活動を促し、昼夜のリズムを整えることが重要です。
疼痛コントロールを適切に行い、不快感を最小限にすることも必要です。
頻回な声かけと見当識の確認が、せん妄予防に効果的です。
家族への支援と教育
娘は夜中の電話で睡眠を妨げられ、せん妄について調べていました。
せん妄は一時的な症状であり、多くの場合改善することを説明する必要があります。
家族の不安を軽減し、面会時の関わり方についてアドバイスすることが重要です。
馴染みのある物を持参してもらうことや、穏やかに声をかけることを提案します。
転倒予防と安全管理
せっかちな性格と認知機能の低下により、指示を守れない状態です。
歩こうとする行動や、立ち上がろうとする行動が繰り返し見られます。
ナースコールを押すという行動が定着せず、転倒リスクが極めて高い状態です。
身体抑制は最小限にとどめ、頻回な訪室と声かけで対応することが望ましいです。
センサーマットの使用や、ベッドの高さを最低にするなどの環境調整も有効です。
リハビリテーション継続の課題
指示内容の理解と実行が困難な状態では、リハビリの効果が限定されます。
短い指示を繰り返し伝え、動作を見守りながら実施することが必要です。
理学療法士と看護師が連携し、統一したアプローチを取ることが重要です。
家族にもリハビリ内容を説明し、病室での運動継続を促します。
やれることは自分でやりたいという思い
本人は、できることは自分でやりたいと希望していました。
自立への意欲は高く、この気持ちを尊重しながら安全を確保する支援が求められます。
過度な制限は本人の意欲を削ぎ、ADLの低下につながる可能性があります。
見守りのもとで可能な動作を行ってもらい、達成感を得られるよう支援します。
退院に向けた課題
自宅退院が予定されていますが、現状では安全な退院は困難です。
せん妄が改善し、安静度や動作制限を理解できる状態になる必要があります。
娘への介護指導として、術後の注意点や異常時の対応を伝えます。
自宅環境の調整として、手すりの設置や段差の解消が必要です。
夜間の排尿回数が多いため、ポータブルトイレの使用も検討します。
まとめ:認知症合併高齢者の周術期管理
認知症を有する高齢者の手術では、術後せん妄の発症リスクが高いことを認識する必要があります。
術前からハイリスク患者として評価し、予防的介入を行うことが重要です。
せん妄発症時は、本人の安全確保と家族への支援が最優先となります。
多職種が連携し、環境調整、疼痛管理、早期離床を進めることでせん妄の改善を図ります。
本人の自立への意欲を尊重しながら、転倒予防と安全管理のバランスを取ることが求められます。
家族への教育と心理的支援も、在宅復帰には欠かせない要素です。
適切な周術期管理により、認知症があっても安全に手術を受け、自宅での生活に戻ることが可能になります。








