筋萎縮性側索硬化症、いわゆるALS患者の看護を行う際、ヘンダーソンの看護理論は患者さんの生活全体を捉える有効な枠組みとなります。
進行性の神経難病であるALSでは、時間とともに運動機能が低下していくため、基本的な生活行動の充足状況を継続的に評価することが欠かせません。
本記事では、ヘンダーソンの14の基本的ニードに沿って、ALS患者さんの看護過程をどのように展開していくかを詳しく解説します。
ヘンダーソン理論とALS看護の親和性
ヴァージニア・ヘンダーソンは、看護を患者の基本的ニードを充足するための援助と定義しました。
14の基本的ニードは、人間が健康に生きていくために必要な活動を体系化したものです。
ALS患者さんは、病気の進行に伴い、これらのニードを自分で満たすことが次第に困難になっていきます。
そのため、どのニードがどの程度充足されているか、どのような援助が必要かを評価することで、個別性の高いケアを提供できます。
ヘンダーソン理論は、疾患そのものではなく、生活している人間としての患者さんに焦点を当てます。
この視点は、長期にわたる療養生活を送るALS患者さんのQOL維持において、大きな意味を持ちます。
呼吸のニードと看護の実際
ALS患者さんにおいて、呼吸機能の低下は生命に関わる課題です。
横隔膜や呼吸筋の筋力低下により、十分な換気ができなくなっていきます。
情報収集では、呼吸回数、呼吸の深さ、努力呼吸の有無を観察します。
SpO2の測定値、血液ガス分析のデータも評価に活用します。
患者さんが息苦しさを訴えるか、夜間の睡眠状況はどうかといった主観的情報も大切です。
アセスメントでは、呼吸筋力の低下の程度、肺活量の変化、CO2の蓄積傾向を分析します。
努力呼吸がある場合、患者さんは常に緊張状態にあり、疲労が蓄積します。
看護診断として、非効果的呼吸パターンや、ガス交換障害が挙げられます。
看護計画では、楽な呼吸ができる体位の工夫を行います。
ファーラー位やセミファーラー位により、横隔膜の可動域を広げることができます。
深呼吸の促しや、呼吸リハビリテーションの実施も計画に含めます。
痰の貯留がある場合は、体位ドレナージや吸引による排痰援助を行います。
進行した段階では、非侵襲的陽圧換気療法や気管切開下人工呼吸器の導入について、患者さんや家族と話し合う時期がやってきます。
飲食のニードと栄養管理
球麻痺症状により、嚥下機能が低下していくこともALSの特徴です。
食べ物を口に入れてから飲み込むまでの一連の動作が、徐々に困難になります。
情報収集では、食事摂取量、食事にかかる時間、むせの有無を確認します。
体重の変化、血液検査での栄養状態を示す数値も評価します。
患者さんが食事についてどう感じているか、食べたいものが食べられているかという思いも聴き取ります。
アセスメントでは、嚥下の各段階でどこに問題があるかを分析します。
咀嚼力の低下、舌の動きの制限、嚥下反射の遅延などを評価します。
誤嚥のリスクがどの程度あるか、栄養摂取量は十分かを考えます。
看護診断として、嚥下障害や、栄養摂取不足のリスク状態が考えられます。
看護計画では、食事形態の調整が中心となります。
とろみをつける、ミキサー食にするなど、飲み込みやすい工夫を行います。
一口量を少なくする、ゆっくり食べる時間を確保するといった援助も行います。
食事中の姿勢は、やや前かがみで顎を引いた姿勢が誤嚥を防ぎます。
経口摂取が困難になった段階では、胃瘻造設について検討します。
患者さん本人の意向を尊重しながら、栄養状態の維持と生活の質のバランスを考えていきます。
排泄のニードと自立支援
運動機能の低下により、トイレへの移動や排泄動作が困難になります。
ただし、ALS患者さんの場合、排泄機能そのものは保たれていることが多いです。
情報収集では、排泄の頻度、性状、排泄に関する自立度を確認します。
トイレまでの移動が可能か、衣類の着脱ができるか、体位保持ができるかを評価します。
患者さんが排泄について困っていることや、遠慮していることはないかを聴きます。
アセスメントでは、筋力低下の程度と排泄行動の関連を分析します。
移動能力、更衣動作の能力、座位保持能力を総合的に評価します。
便秘や尿意の切迫感など、二次的な問題が生じていないかも確認します。
看護診断として、セルフケア不足や、排泄パターンの変化が挙げられます。
看護計画では、できる限り自分で行えるよう環境を整えます。
ポータブルトイレの設置、手すりの取り付けなど、動作を助ける工夫を行います。
排泄のタイミングを予測し、早めの声かけを行うことで、失禁を防ぎます。
プライバシーへの配慮も忘れてはいけません。
カーテンやパーティションの使用、介助者以外の入室制限など、尊厳を守るケアを実践します。
体位変換・移動のニードと拘縮予防
全身の筋力低下により、体位変換や移動が次第に困難になります。
自力での寝返りができなくなると、同じ姿勢を長時間保つことになり、褥瘡のリスクが高まります。
情報収集では、筋力の状態、関節可動域、ADLの自立度を評価します。
ベッドから車椅子への移乗が可能か、歩行は可能か、介助が必要な程度はどのくらいかを確認します。
患者さん自身が動きにくさをどう感じているか、どこまで自分でやりたいかという希望も聴き取ります。
アセスメントでは、筋力低下の分布と進行の速度を分析します。
上肢から始まったのか、下肢から始まったのかによって、ADLへの影響が異なります。
関節の拘縮が始まっていないか、褥瘡のリスクはどの程度かを評価します。
看護診断として、身体可動性障害や、皮膚統合性障害リスク状態が考えられます。
看護計画では、定期的な体位変換を実施します。
2時間ごとを目安に、体圧を分散させる体位に変えていきます。
関節可動域訓練を行い、拘縮の予防に努めます。
他動運動でも、関節の動きを維持することは生活の質に影響します。
移乗の際は、患者さんの残存機能を活かしながら、安全に介助します。
リフトやスライディングボードなど、福祉用具の活用も検討します。
睡眠と休息のニードと安楽の提供
ALS患者さんの多くが、睡眠の問題を抱えています。
呼吸機能の低下により、夜間の低酸素状態が起こることがあります。
体位変換ができないため、同じ姿勢での不快感が睡眠を妨げます。
情報収集では、睡眠時間、中途覚醒の有無、日中の眠気を確認します。
夜間のSpO2の変動、いびきや無呼吸の有無も評価します。
患者さんが熟睡できているか、朝の目覚めはどうかを聴き取ります。
アセスメントでは、睡眠障害の原因を多角的に分析します。
呼吸の問題なのか、体位の不快感なのか、心理的な不安なのかを見極めます。
看護診断として、睡眠パターン混乱や、安楽障害が挙げられます。
看護計画では、安楽な体位の工夫を行います。
クッションや枕を使用し、身体の圧迫を軽減します。
夜間の呼吸状態が悪い場合は、上半身を挙上した姿勢で休むことを勧めます。
睡眠環境の調整も行います。
室温、湿度、照明、音など、快適に眠れる環境を整えます。
日中の活動と休息のバランスを考え、生活リズムを整える援助も行います。
衣服の着脱のニードと巧緻動作
上肢の筋力低下や、手指の細かい動きが困難になると、衣服の着脱が難しくなります。
ボタンをかける、ファスナーを上げるといった動作に時間がかかるようになります。
情報収集では、更衣動作の自立度、所要時間、困難な動作を確認します。
患者さんがどの程度自分で行いたいか、どの部分で手伝ってほしいかを聴きます。
アセスメントでは、上肢の筋力、手指の巧緻性、肩関節の可動域を評価します。
どの動作で最も困難を感じているかを分析します。
看護診断として、セルフケア不足が考えられます。
看護計画では、着脱しやすい衣服の選択を提案します。
前開きの服、伸縮性のある素材、マジックテープ式のものが便利です。
自助具の活用も検討します。
ボタンエイドやソックスエイドなど、動作を補助する道具があります。
介助が必要な部分では、患者さんのペースに合わせて手伝います。
できる部分は自分で行ってもらい、できない部分だけを援助することで、自立感を保ちます。
体温調節のニードと環境管理
ALS患者さんの中には、自律神経の障害により体温調節が難しくなる方もいます。
汗をかきにくくなる、寒暖の感覚が鈍くなるといった症状が現れます。
情報収集では、体温の変動、発汗の状態、暑さ寒さの訴えを確認します。
室温に対する感じ方、衣服の調整ができるかも評価します。
アセスメントでは、体温調節機能の状態と、環境への適応能力を分析します。
看護計画では、適切な室温の維持を行います。
冷暖房の調整、衣服や寝具の調整により、快適な温度を保ちます。
発汗が少ない場合は、脱水に注意が必要です。
水分摂取を促し、尿量や皮膚の状態から脱水の兆候を早期に発見します。
清潔保持のニードと皮膚の健康
筋力低下により、入浴や清拭などの清潔行動が困難になります。
自分で身体を洗う、髪を洗うといった動作ができなくなっていきます。
情報収集では、入浴の頻度、清潔保持の自立度、皮膚の状態を確認します。
患者さんが清潔についてどう感じているか、どのような方法を希望するかを聴きます。
アセスメントでは、セルフケア能力と、清潔保持の必要性を評価します。
皮膚の乾燥、発赤、褥瘡の初期兆候がないかを確認します。
看護診断として、セルフケア不足や、皮膚統合性障害リスク状態が挙げられます。
看護計画では、患者さんの状態に応じた清潔方法を選択します。
全身浴が可能な段階では、入浴介助を行います。
困難になれば、シャワー浴や清拭に変更します。
洗髪も、洗髪台での洗髪から、ベッド上での洗髪へと方法を変えていきます。
皮膚の観察を毎日行い、圧迫による発赤や乾燥を早期に発見します。
保湿剤の使用や、マッサージにより皮膚の健康を維持します。
安全確保のニードと転倒予防
筋力低下やバランス能力の低下により、転倒のリスクが高まります。
また、コミュニケーション障害により、助けを呼べない状況も生じます。
情報収集では、筋力の状態、バランス能力、過去の転倒歴を確認します。
ナースコールが使えるか、緊急時に助けを求められるかも評価します。
アセスメントでは、転倒のリスク因子を総合的に分析します。
環境面でのリスク、身体機能面でのリスク、認知面でのリスクを評価します。
看護診断として、転倒リスク状態や、外傷リスク状態が考えられます。
看護計画では、安全な環境を整えます。
ベッド柵の設置、床の段差の解消、手すりの取り付けを行います。
ナースコールは、患者さんが操作しやすい位置に設置します。
握力が弱い場合は、センサー式のコールや、わずかな力で押せるタイプを選びます。
移動の際は必ず付き添い、見守ります。
一人で動こうとする場合は、危険性を説明し、協力を求めます。
コミュニケーションのニードと意思疎通
球麻痺症状により、構音障害が進行します。
言葉がはっきり話せなくなり、意思を伝えることが困難になります。
情報収集では、会話の明瞭度、発声の状態、意思疎通の方法を確認します。
患者さんがコミュニケーションについて困っていること、伝えたいことが伝わらないもどかしさを感じていないかを聴きます。
アセスメントでは、構音障害の程度と、代替手段の必要性を評価します。
筆談が可能か、文字盤が使えるか、視線入力装置の導入が必要かを検討します。
看護診断として、言語的コミュニケーション障害が挙げられます。
看護計画では、患者さんに合ったコミュニケーション方法を見つけます。
初期段階では、ゆっくり話してもらう、聞き取れない時は繰り返してもらうことで対応します。
筆談が可能な段階では、筆記用具を常に手元に置きます。
上肢の筋力が低下したら、文字盤やあいうえお表を使用します。
看護師は、患者さんの視線や表情から意思を読み取る努力を続けます。
意思伝達装置の導入も検討します。
視線入力式のコンピューターや、わずかな筋肉の動きで操作できる装置があります。
患者さんが自分の思いを表現できる手段を確保することは、尊厳を守る上でとても大切です。
信仰のニードとスピリチュアルケア
ALS患者さんは、進行性で根治治療がない疾患と向き合います。
病気の受容、死への恐怖、人生の意味など、スピリチュアルな苦しみを抱えることがあります。
情報収集では、患者さんの宗教や信仰、人生観、価値観を確認します。
病気をどう受け止めているか、何を大切にして生きたいかを聴きます。
アセスメントでは、スピリチュアルな苦痛の有無と程度を評価します。
生きる意味を見失っていないか、孤独感を感じていないかを分析します。
看護計画では、患者さんの思いに寄り添う時間を作ります。
傾聴の姿勢を持ち、患者さんが話したい時に話を聴きます。
宗教的な行為を希望する場合は、それができる環境を整えます。
家族や友人との面会も、患者さんの心の支えとなります。
大切な人とのつながりを保てるよう支援します。
生産的活動のニードと役割の維持
病気により、仕事や家庭での役割を果たせなくなることがあります。
これまで担ってきた役割を失うことは、自己価値の低下につながります。
情報収集では、発病前の職業、家庭での役割、趣味や活動を確認します。
現在も続けたいと思っていることはないか、できなくなったことへの思いを聴きます。
アセスメントでは、役割喪失がもたらす心理的影響を評価します。
何か新しい役割を見つけられる可能性はないかも考えます。
看護計画では、可能な範囲での社会参加を支援します。
在宅勤務やオンラインでの活動など、できる方法を一緒に探します。
家族の中での役割も、形を変えて継続できることがあります。
意思決定への参加、助言を求めるなど、家族が患者さんを必要としていることを伝えます。
レクリエーションのニードと楽しみの提供
病気があっても、楽しみや喜びを感じることは生活の質を高めます。
できることが減っていく中でも、新しい楽しみを見つけることは可能です。
情報収集では、趣味や好きなこと、興味があることを確認します。
どのような活動なら今でもできるか、やってみたいことはないかを聴きます。
アセスメントでは、残存機能で可能な活動を評価します。
視覚、聴覚、思考力など、保たれている機能を活かせる活動を考えます。
看護計画では、患者さんが楽しめる活動を提案します。
音楽鑑賞、映画鑑賞、読書など、受動的でも楽しめる活動があります。
視線入力装置を使えば、絵を描く、文章を書くといった創作活動も可能です。
家族や友人との交流も、かけがえのない楽しみです。
オンラインでのビデオ通話を活用し、離れていても顔を見て話せる環境を整えます。
学習のニードと意思決定支援
ALS患者さんとその家族は、病気について学び、様々な選択をしていく必要があります。
人工呼吸器をつけるかどうか、胃瘻を造設するかどうかなど、重要な決断を迫られます。
情報収集では、疾患の理解度、知りたい情報、不安に感じていることを確認します。
どこまで自分で決めたいか、家族とどう話し合っているかも聴き取ります。
アセスメントでは、理解力や判断力、情報ニーズを評価します。
意思決定に必要な情報が十分に提供されているかを確認します。
看護計画では、段階的に情報を提供します。
一度に多くの情報を伝えるのではなく、患者さんのペースに合わせます。
質問に丁寧に答え、不安を軽減します。
パンフレットや動画など、分かりやすい資料を活用します。
多職種と連携し、医師、理学療法士、ソーシャルワーカーなどの専門的な説明の機会を設けます。
患者さんが納得して選択できるよう、十分な時間をかけて支援します。
看護過程展開の実践的なポイント
情報収集は、入院時だけでなく継続的に行います。
ALS患者さんの状態は変化していくため、定期的な再評価が欠かせません。
アセスメントでは、14のニードを個別に評価するだけでなく、相互の関連も考えます。
呼吸の問題が睡眠に影響する、コミュニケーション障害が心理面に影響するなど、複数のニードが関連していることが多いです。
看護診断は、優先順位をつけて整理します。
生命に関わる問題、苦痛が強い問題、患者さんが最も困っている問題から取り組みます。
看護計画は、短期目標と長期目標を設定します。
短期目標は数日から1週間程度で達成できる目標、長期目標は数週間から数ヶ月かけて目指す目標です。
観察項目、ケア項目、教育項目を明確にし、誰が見ても同じケアができるよう詳しく記載します。
評価は定期的に行い、計画を見直します。
目標が達成できたか、新たな問題は生じていないかを確認し、必要に応じて計画を修正します。
多職種連携の重要性
ALS患者さんの看護は、看護師だけでは完結しません。
医師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、栄養士、ソーシャルワーカーなど、多くの専門職が関わります。
それぞれの専門性を活かし、チームとして患者さんを支えます。
情報共有を密に行い、統一したケアを提供することが大切です。
カンファレンスを定期的に開催し、患者さんの状態や目標、ケアの方向性を確認します。
家族もケアチームの一員です。
家族の思いや意見を聴き、協力してケアを進めていきます。
ヘンダーソン理論に基づいた看護過程の展開により、ALS患者さんの基本的ニードを満たし、その人らしい生活を支えることができます。
病気の進行に合わせて柔軟にケアを調整しながら、患者さんとその家族に寄り添い続けることが、看護師の役割です。








