神経難病であるALSの診断を受け、在宅で人工呼吸器を使用しながら療養する選択は、本人と家族に大きな決断を求めます。
今回は40代男性の事例をもとに、ALS患者の在宅療養移行と家族支援の実際について詳しく解説します。
発症から診断までの経過
45歳頃、仕事帰りの入浴中に右手の脱力感と軽度のしびれを感じたことが最初の症状でした。
近隣の医療機関で検査を受けましたが、当初は異常なしと診断されました。
しかし症状が徐々に悪化したため、紹介を受けて総合病院に入院し精密検査を実施しました。
筋電図検査と遺伝子検査の結果、筋萎縮性側索硬化症の孤発性と診断されました。
ALSは原因不明の神経難病であり、運動神経が徐々に障害される進行性の疾患です。
治療薬の服用を開始しましたが、今後仕事の継続が困難になることを告げられ、退職を決意しました。
診断後の心理的変化と病気への向き合い方
退院後1か月間は、表情が硬く病気についての話をすることはありませんでした。
次第にインターネットでALSについて検索し、情報収集を始めるようになりました。
進行した状態の患者の様子を見て、そうなりたくないと言いながらも、病気について熱心に勉強しました。
病状の進行を常に予測し、妻や子どもたちに説明する姿勢は、病気と向き合う過程の表れでした。
薬物療法を継続しましたが、発症から3年が経過する頃には両上肢の機能が徐々に低下しました。
歩行も困難になり、発語不明瞭、嚥下障害も出現しました。
呼吸機能低下と緊急入院
12月初旬、昼夜関係なく疲労感、頻脈、夜間の不眠、呼吸苦が強くなりました。
睡眠時のSpO2が88%まで低下し、12月下旬に緊急入院となりました。
入院時の検査で肺活量が38%まで低下しており、咳払いも十分にできない状態でした。
呼吸機能の低下はALS患者の生命予後を左右する重要な合併症です。
医師から気管切開、人工呼吸器装着、胃ろう造設と経管栄養の説明を受けました。
本人もこれらの処置を希望し、実施することになりました。
在宅療養への意思決定
退院後の療養場所について、本人と妻から自宅への退院希望が出されました。
侵襲的在宅呼吸療法を行いながら自宅で生活することを決断しました。
病院は窮屈で好きでないため、家で子どもの様子を見ながら生活したいという本人の強い希望がありました。
ドライブに行ったり、インターネットで外部との交流が持てるようになりたいという前向きな思いもありました。
しかし費用や介助が必要なことへの遠慮から、なかなか希望を言い出せない葛藤もありました。
妻への介護技術指導の実際
妻への指導内容は多岐にわたりました。
人工呼吸器の管理として、正常に作動しているかをチェックリストを用いて確認する方法を学びました。
口腔内および気管内の吸引方法を見学後、看護師の指導のもとで実施練習を重ねました。
日常的な処置に加えて、緊急時の対応として手動式蘇生バッグの使い方も習得しました。
胃ろうの処置方法や経管栄養の注入方法についても詳細な指導を受けました。
妻は指導内容を事細かくメモを取り、理解も早く実施もスムーズに行えていました。
きっちりした性格が介護技術の習得に役立っている一方で、完璧を求めすぎる傾向も見られました。
退院時の身体状態と医療管理
退院時の体温は36.0℃、血圧108/78mmHg、脈拍76回/分で不整脈はありませんでした。
SpO2は97%を維持し、在宅呼吸療法は24時間体制で実施されることになりました。
調整呼吸で呼吸回数12回/分、1回換気量450ml、気道内圧35hPaに設定されました。
気管カニューレの交換は2週間に1回、吸引は随時必要な状態でした。
胃ろうはボタン型バルーンタイプが造設されていました。
体重は発症前の65kgから57kgまで減少し、栄養管理も重要な課題となっていました。
日常生活動作の状態
移動はベッド上の動作も含めて全介助が必要な状態でした。
自力では全く動けないため、スライディングボードを使用してベッドから車椅子へ移乗します。
清潔は週1回の特殊浴槽での介助浴と、週1回の全身清拭で対応します。
食事は経腸栄養剤を1日3回、8時、12時、18時に投与し、白湯を15時と21時に投与します。
排尿は1日4〜5回程度、排便はおむつを使用し毎日排便があります。
コミュニケーション方法と意思伝達
快・不快の表情があり、笑顔が見られることもあります。
視線や指先を使った意思伝達が可能な状態です。
ALSでは運動機能が失われても、意識は最後まで保たれるため、コミュニケーション支援が極めて重要です。
インターネットを通じた外部との交流を希望しており、コミュニケーション機器の導入も検討課題です。
睡眠パターンと夜間ケア
1日の睡眠時間は8時間程度確保できています。
しかし夜間は呼吸音やアラームで2〜3時間おきに目を覚まします。
夜間も吸引が必要となり、介護者である妻の睡眠も断続的になります。
夜間の介護負担は在宅療養継続の大きな課題であり、訪問看護の夜間対応も検討されています。
退院前カンファレンスでの多職種連携
3月下旬、入院先の病棟カンファレンスルームで退院前合同カンファレンスが開催されました。
主治医、病棟師長、退院調整看護師、医療ソーシャルワーカー、訪問看護師、ケアマネジャーが出席しました。
主治医から病状説明と注意事項の確認が行われました。
医療ソーシャルワーカーからは、在宅診療医の紹介と週1回の訪問診療予定が報告されました。
人工呼吸器のレンタルはクリニックで手配され、難病医療費助成も利用中です。
身体障害の等級変更と障害者総合支援法の区分変更申請が進行中です。
ケアプラン作成と在宅サービスの調整
ケアマネジャーは退院前に居室環境の確認とベッドの配置を検討しました。
妻の負担軽減のために訪問介護の回数を増やし、週7日の訪問を計画しました。
訪問入浴サービスの利用も組み込まれました。
訪問看護師は、医療保険で2か所の訪問看護ステーションを利用する体制を提案しました。
在宅人工呼吸器使用患者支援事業による訪問看護の追加も検討されました。
要介護5の認定を受けており、重度の介護サービスが必要な状態です。
妻の介護負担と心理的課題
進行の早さに心の準備ができないという妻の言葉は、介護者の戸惑いを表しています。
きっちりしないと気が済まない性格のため、完璧な介護を自分に課してしまう傾向があります。
夫の介護は自分がやらないとどうにもならないという責任感から、パート勤務を辞めるか悩んでいます。
介護と仕事の両立、家事の負担が重なり、妻自身のコーピング能力が限界に近い状態です。
友人が多く旅行が趣味だった妻は、現在それらを諦めている状況です。
子どもたちへの影響と家族全体の課題
長男は大学3年生ですが、両親の大変さに遠慮し、進学を断念して就職を考えています。
長女は大学1年生で、アルバイト代で運転免許を取得し、父をドライブに連れて行きたいと考えています。
しかし介護の方法を教えてもらわないと不安でできないという状態です。
長男は母親の負担を理解しているものの、自分が何をしたらいいかわからない戸惑いがあります。
家族全体が介護体制の中で役割を見出せず、それぞれが遠慮や不安を抱えている状況です。
経済的課題と社会保障制度の活用
会社員を退職後、障害年金と特別障害者手当、妻の給料、貯蓄で生活しています。
子ども2人の教育費は奨学金を活用しています。
難病医療費助成制度を利用することで、医療費の自己負担が軽減されます。
身体障害者手帳の等級変更により、さらなる支援が受けられる可能性があります。
住環境と地域資源
12階建てマンションの10階に居住しており、エレベーターが利用可能です。
集合住宅が多い地域で、近くにスーパーマーケットや学校があり、交通の便も良好です。
外出支援サービスを利用すれば、希望するドライブも実現可能かもしれません。
まとめ:在宅療養継続のための多角的支援
ALSの在宅療養は、医療的ケアの複雑さと24時間の介護が必要という点で、家族に大きな負担を強いります。
本人の在宅で生活したいという強い希望を尊重しながら、家族の介護負担を軽減する支援体制の構築が不可欠です。
多職種連携による医療・介護・福祉サービスの統合的提供が、在宅療養継続の鍵となります。
妻の完璧主義的な傾向に配慮し、適度に手を抜くことや他者に頼ることの重要性を伝える必要があります。
子どもたちも含めた家族全体への心理的支援と、具体的な介護参加の方法を示すことが求められます。
経済的支援制度を最大限活用しながら、本人の希望する生活の質を維持できる環境を整えることが目標です。
定期的なカンファレンスで状況を評価し、必要に応じてケアプランを修正していく柔軟な対応が重要です。








